あるクラリオン星人のと対話


by bwv1001

2012という映画を観る

 途中からだったが、2012年問題のシナリオを描いているという「2012」という映画を途中から観る。2012年問題で語られている世界のカタストロフ的崩壊と、人類の生き残りの話だ。

 正直言ってがっくりする。箱船で、遺伝子的に高等とされる人間が、人類の生き残りのために行動する、という話。2012年問題の映画であるから、アセンション問題についての取り扱いがあるかと思ったが、それはない。

 結局のところ、キリスト教的な終末論から抜けられず、恐怖をバネにして生き残る人たちと、青白いヒューマニズムを捨てられずに行動する人たちの話、というところ。

 よく分からないのは、人類の生き残りのために、というお題目が分からない。まるで、戦争を始めるときによく使われる「国のために」という理屈と大差ない。箱船を建造している中国の作業員や技術者はそのまま死んでいく(、というか、そのことは、直接には描かれていない)。

 ちなみに、聖書のように、動物さんも箱船に乗せている。

 今回は、何しろ、初期設定を観ていないので、何ともいえないが、現在の主立った国家が協力して、このプロジェクトを極秘で進めていた、という設定であることは、後半を観ても、その表現がある。

 こうした箱船プロジェクトは、実際にあるともいうが、優良な遺伝子を持ち、生殖能力の高い人間が乗船者として選ばれている、というのは、優生学的な基準であり、ナチス・ドイツやジオン公国とさして変わりがないだろう。米国の映画であるが。

 終わり方は、淸教徒が新大陸を目指すのとたいして変わりのない希望で終わる。

 一人一人がそこまで生に執着するものかどうか、自分には分からない。人類の将来のために、箱船に「乗せられる」というのは、ほとんど家畜化された人間の姿である。

 そんな計画にまきこまれるなら、個人的に、死の準備をした方がずっとマシだと思う。自分は、今のところ、転生という在り方はあるのだろうと思っているし、三次元から自由になる、という在り方もあると思う。

 いずれにしても、自分の場合大切なことは、「いま、ここ」を楽しむことである。せっかく、三次元を生きているのだから、その不自由さを味わう、というのは、決して悪い生き方ではないと思う。

 そして、最終的には、死も生も区別のない世界に行き着くのだろうと想像している。それが何億年先のことかは、分からないが、何億年、というのも、また、人間の、あるいは自分の妄想か、勘違いでしかない、ということは充分にあり得る。

 それが、妄想、勘違いである、と理解するのは、今の生でも、ほんの一瞬体験することがある。


  2010年の冬の日記から
[PR]
by bwv1001 | 2011-09-03 22:57