あるクラリオン星人のと対話


by bwv1001

肉体の変化~その二

 胃の具合がおかしい、というのは、結構嘔吐感があるときが多い、ということだ。内蔵系の病、ということも考えているが、いまのところ、お医者は内蔵の病気ということは言っていない。とはいえ、最近の感じからすると、この嘔吐感も象徴的な意味を持っている可能性がある、と思う。

 内臓や皮膚の吸収が進んでいる、ということは、前の日記で書いたが、吸収が進む一方、嘔吐感がある場合が多い、というのは、吸収するものと、捨てるものを判別しているのではなかろうか。

 単純な話、先日の先輩のウチでのメシは旨かったから、嘔吐感はなかった。でも、きょうは、夕方にマクドナルドでマックポークとコーヒーだった。嘔吐感はそれからである。やはり、ろくでもないものを食うとおかしくなる。納豆とかすしとか食って嘔吐感があることはまずない。たぶん、いちばんの嘔吐感の確率が高いのは、マクドナルドの後である。

 その点からすると、からださんがちゃんと選んでいる、ということになるし、マズいものを食うとダメ、ということになる。実際、マックポークなど、口の側に近づけるだけで、違和感を持つ様になったし、場合によっては、嘔吐感を伴う。それをどうにかしようとして、コーヒーなど流し込むと、嘔吐感が持続する。実に分かりやすい。ジャンクフードはダメなのである。

 これが何を象徴しているか、というと、たぶん、「あまり受容的にならない様にしようとしている」ということなのだろう。オレは、愛がナイ代わりに、受容性でやってきた、ということがあるのだが、エールーエンとの出会いで、愛を教わりつつある。多分これが、過剰な受容性による適応を、そうではなく、選別して世界に関わる様にするよう求められている、ということであろう。(エールーエンはそう言っている。からださんは、そうなれば、嘔吐感はなくなる、と言っている。いまは嘔吐感は続く、とからださんは言っている。)

 何でも象徴化、抽象化するのは危険であるが、必要なものを取り込み、合わないものは捨てる、という日常の作業に適応しようとしているのだと思う。それが本来当たり前のことなのだが。

 どうも、愛がない、という意識を持たされる、あるいは発見すると、コンプレックスになり、積極的に受容しようと無意識的にしてしまうものである。

 内蔵といい、皮膚といい、吸収する方向に進んでいるのだから、バランスとして、嘔吐感を伴うというのは、あり得ることだと思う。とはいえ、ちゃんとお医者にも通いたい。

 【追記】やっぱり、納豆を食うと、嘔吐感が消える。最近特に、やっぱり自分の場合に限っては、和食の方が合っていると感じることが多い。もちろん、いろんなものが食いたいが、基本が和食であるといいと思う。


   2011年の新春の日記より
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by bwv1001 | 2011-10-20 22:43