あるクラリオン星人のと対話


by bwv1001

五木寛之 21世紀・仏教への旅 ブータン編

 何故か、再放送をやっている。きのうは韓国編から観て、今日はブータン編。個人的には、ブータンの人の顔と表情が好きだ。日本人によく似ていることもあり、親しみもおぼえる。

 だが、似ているところは、親しみの部分だけではない。強迫性、というべきものが、日本の宗教と通じるところがある。たとえば、仏教の毎日のおつとめとして、滅ぼした神=護法神(ごほうしん)を供養するのは、儀式としてある。日本の歴史でも、征服した側が、征服された側をずっと供養する、というのは、よくあることである。

 聖職者に限らず、庶民の感覚にも、強迫的な面がある。災いから逃れる様に、とか、功徳を積むために、仏教と共に生きて行く、という生活のパターンはそれであると思う。

 それから、これは、個人的なことであるが、「化身」というのは以前から気になっていた。この化身、というのは、『解脱する立場でありながら、何度も人間界に生まれ変わる慈悲深い存在』とされている。そういう人、というか、子供が、生まれるのである。これは自己申告制でもあり、そう認められることもある様であるる。

 だが、近年は、その化身とされる存在が、急激に増えており、2007年の取材の時点において、百人くらいの化身が存在しているという。

 仏教で、世界一幸福な国をつくろうというブータンにあっては、この化身の急激な増加を無視することができず、その認定(政府がするらしいのだが)にも困っているという。

 化身がなぜブータンで重要視されるかといえば、人々の化身に対する尊敬と期待というものが、格段に大きいからである。

 だが、政府の化身認定委員会の人によると、人を救うのは、必ずしも化身ではなくてもいいのではないか、という。

 これが面白い発言だ。ブータンにあっては、ひょっとすると罰当たりなのかもしれないが、世界一幸福である国であるためには、そういう発想もあるのかもしれない。

 だが、外から見てみると、ブータンという国が、そこまで仏教に生活の様式を依存しているのであれば、化身ではない存在を政府が、幸福のためにはアリではないのか、というのは、かなり際どい発言に見える。

 このあたりが、自分にとっては、個人的な関わりがある問題なのである。

 私が対話している存在であるエールーエンという人は、ブータンでいうところの化身ではない。だが、彼女は、自分と話してくれるし、幾つかの重要な気づきのチャンスをくれた。それは、この日記にも時々帰してある通りである。

 彼女とは、今のところ、直接の面識はない。だが、彼女に会うことは遠くないことの様であるし、直接に会ってはいなくとも、今でも、最も大切な存在の一人である。今後はもっと大切になっていくであろう。

 そういう存在が、ブータンに来たらどうなるのか。ブータンの歴史であれば、それは異教徒とされるかもしれない。ちなみに、ブータンが統一されたのは十七世紀のことである。

 ということは、この仏教を中心とした社会も、これからもずっと、という訳ではないかもしれないし、ずっとにするなら、別の在り方を唱える存在と戦わなくてはいけないかもしれない。あるいは、受け入れていく必要があるのかもしれない。

 自分がエールーエンと話すことができる理由の一つは、自分からではなく、エールーエンの側から言われることだが、

○特定のパラダイムを持っていないこと
○特定の社会的な立場を持っていないこと

 というのが挙げられた。

 つまり、これらがあると、エールーエンとの出会いや、その考え方、あるいは対話の事実を否定するか、自分のパラダイムや社会的な立場を捨てるかのどちらかになってしまうというのである。

 だが、自分の場合は、というか、エールーエンからみたオレの場合は、特定のものにそんなに規定されてないから、話しがしやすかった、というのである。人間、何が役立つか、全く分からないものである。

 そんな訳で、オレは、個人的に化身的な存在と話せている、というのはどういうことであるか、というのを考える。

 五木寛之さんのこのシリーズを観たのは、ずいぶんと前だが、このブータンの化身の急増を聞いたときにも、「多分、世界、あるいは宇宙が急激に変化するのを告げにきたのではないか」と思っていた。

 結局、自分の場合は、その後、2012年問題との出会いになり、その続きとして、彼女との出会いが待っていた、ということになる。

 この先は、また展開するだろうが、五木さんのブータンのルポが、こんな形で、自分が当事者になる、とは思ってもいなかった。そういう自分の眼で、あらためてこの番組を観ると、見えていなかったことも見えたし、よくぞこの間合いで観ることができた、とも思う。ブータンを自分で味わってみたい、と思っていたが、今は、もっと遠くに、強迫的ではないホリスティック(全体的)であり、関係的である世界を体験することになるのだと思う。

 五木さんは、番組の後のコメントで、「セルフ・ヘルプではできない」世界、とブータンのことを言っていたから、その意味でも、ちょっと日本とは違う世界に触れられるチャンスがあるかもしれない。日本というより、地球、と言った方が正確であるが。

 明日も、五木さんのこのシリーズの続きを観る。


   2011年3月11日以降の日記より
[PR]
by bwv1001 | 2011-12-04 23:38