あるクラリオン星人のと対話


by bwv1001

ワンネスの謎

 自分自身が時空を超える体験は日常になってしまったのだが、疑問がある。

 なぜ、全ての存在にアクセスしようとしてもできないのか、アクセス可能な人と、そうでない存在があるのか、それが疑問である。

 単純な話、過去の偉大な人と繋がるのはあっけにとられるほど、簡単な作業である。現在でも、偉大とされる人の一部に繋がることは、同様に簡単である。

 だが、身近であっても、意識が繋がることのない人たちがいる、というか、その方がどうも当たり前、というのが、腑に落ちぬ点である。

 時空を超えて、たぶん、全てであって、個でもある様なものに繋がることが可能になっているのだから、全ての存在に対して繋がることはできないのか。

 繋がるという過程は、いったん、ある上位の次元にアクセスすることによって、ある個と対話することが可能となる様だ。言い方を変えると、ワンネスにアクセスすることが、個にアクセスすることを可能にしている様である。

 言い方が、言葉だから矛盾するが、ワンネスにアクセスしている様なのである。ワンネスには自分も入る訳で、アクセスというのはちょっと違うのかもしれないが、自分がワンネスの一部であり、全てである、という実感よりは、アクセスするという感覚の方が近いかもしれない。

 しかし、アクセスと言っても、遠くにあるわけではない、これらの感じを最も的確に表しているのは、先生が練習でときどき仰る言葉である。それは、「そこにあるものを下さい。あなたにあるものを下さい。宇宙にあるものを下さい」という言葉である。

 下さい、という言葉がアクセス、という言葉に対応するかもしれない。

 これまで、先生が言われていることを体感で理解することはできなかったのだが、今は分かる。というか、自分がそれを体現している。そうとしか言えない。

 だからこそ、アクセスできない存在の共通項が何であるか、それを知りたい。逆にいうと、偉大とされる人たちとは、時空を超えてやりとりしやすいのは、偉大ということは、限りなくワンネスに近い個である、という意味なのだろうと思える。

 しかし、偉大ではなくとも、繋がることのできる存在というのもまたある。ここが問題だ。オレ自身に内在する何かが原因なのかもしれないし、別の理由があるかもしれない。

 ここでいう、ワンネス、というのは、あくまで借り物の言葉で、自分がワンネスを意識して何かしている、あるいは考えている、という訳ではない。適当な言葉で簡単な言葉があまりないので、ある程度流通しているワンネス、という言葉を使っているだけである。あまり厳密な意味で言っている訳ではない。

 先生の言葉がいちばん的を射ている。


   2011年3月11日以降の日記より
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by bwv1001 | 2012-02-15 23:59