あるクラリオン星人のと対話


by bwv1001

JAグループ福島 JA全農福島の広告

 都営地下鉄に乗っていたら、以下の様な広告が目についた


甦らせたい自然がある。取り戻したい信頼がある。

コシヒカリ ひとめぼれ

ふくしま米元気プロジェクト JAグループ福島 JA全農福島 ふくしまの米


 これはどういう意味なんだろう。500ベクレル未満のお米なら、都民も食えという意味なのだろうか。

 本来、自然に存在しない放射性物質をばらまいたのは、東電なのであって、東電のものは東電に返すべきだ。それができないから、東電と日本国政府に対して、福島県を中心とした被害者、被爆者の人たちは、賠償を求めるのが筋であって、放射性物質に汚染されたお米を、それ以外の人たちに食わせて、自分たちは食っていこう、というのは、大変な筋違いであり、犯罪的な考え方なのではないか。

 本当に福島のお米なり、農産物が安全なら、地元の人たちが食べるであろう。

 だが、この広告、そして、原発事件以来の東電と日本国政府の犯罪的な情報操作をみれば、自ずと上記の広告の意味はあきらかになるであろう。

 福島を中心とした地域の農家は被害者である。だが、イジメや虐待と同じ様に、イジメられた、虐待を受けた側が、今度は虐める側、虐待する側になっている。

 少なくとも、東電と政府の情報から、その意味を明かに解説している、小出助教のコメントを何度も聴けば、福島の人たちが何を決断せねばならないのかは明かであろう。

 福島の農民の人たちは、自分が犯罪者になろうとしている。少なくとも、この、


甦らせたい自然がある。取り戻したい信頼がある。

コシヒカリ ひとめぼれ

ふくしま米元気プロジェクト JAグループ福島 JA全農福島 ふくしまの米


という広告を見れば、その意味は明かであろう。

 福島の農民の人たちは、農民として・人としての尊厳を失った訳である。そして、この広告によって、更に人としての信頼を失ったのである。まったく悲しいことであり、痛々しいことである。

 この広告を都営地下鉄に掲載を許可した都営地下鉄・東京都もまた犯罪者となったのである。石原都知事は、この意味を理解しているだろうか。

 できる限り、福島のことを応援したいという気持ちで、原発事件以来、非日常化した日常を送ってきたつもりであるが、このJAグループ福島 JA全農福島の広告を見て、気持ちが変わった。JAグループ福島 JA全農福島の連名でこの広告が出たということは、これは、福島の農民の人たちの総意であるとしか、受け取ることができない。

 もう一度、自分たちの置かれた立場をよく考え、誰が責任者であり、誰が加害者であるのか、再考する必要があると思う。

 福島の農家は、自ら、犯罪者となる道を選択してしまったのだ。

 オレは500ベクレル未満のお米が安全で、500ベクレルのお米が危険だ、などとは到底思えない。原発事件以前のお米の5000倍危険になっのたのだから。そういう犯罪的な基準を定めた、日本国政府を、福島の農家の人たちは訴えるべきであろうし、農産物は、東電と日本国政府に買い取らせるべきであろう。そして、その生産物は、東電社員、政府に関わる人間、ウソを並べ立てる専門家と名乗る学者たちが食するべきであろう。

 しかし、こういう広告が出たということは、福島の農民の人たちは、そうした訴えをする責任も放棄し、真実を隠蔽しようとしていることは、明白である。よって、福島を応援しよう、という気持ちも冷めた。農業関係者に幻滅した。

 いじめられっ子たちの訴えを聴いていた時代があって、最終的な結論としては、他人を盾にしていじめから逃れようとする人間に絶望したことがある。いじめられは、いつまでもいじめられてりゃいいんだ、という結論になった。

 自己の保身ばかりで、自分の尊厳と責任を自覚しない人間というのは、ロクでもない存在である。軽蔑に値する。

 残念ながら、この広告で、福島の農民を軽蔑した。

 挽回するならば、この広告を出したJAグループ福島 JA全農福島の責任を、福島の農民自ら追及する他はない。そして、自力で、東電と日本国政府の責任を追及するしか道はない。

 だが、それによって人としての尊厳が回復されることはあっても、福島の自然と信頼は回復されることはない。残っている選択肢は、「自ら犯罪に手を染めることはしないという決意」をすることだけなのである。

 如何に原発という存在が危険なものであるか、人間の尊厳までも奪ってしまうものであるか、この広告を見れば、理解できる。何ということだ。


   2011年3月11日以降の日記より
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by bwv1001 | 2012-04-05 01:22