あるクラリオン星人のと対話


by bwv1001

<   2011年 09月 ( 29 )   > この月の画像一覧

人間の食事のことなど

 さっき、メシの買い出しに行く前からの会話だが、再現できるかどうか。というのは、今までの会話、というのは、全部ライヴだから、再生という方が難しい。あるいは、途中から、再生ではなく、ライヴになってしまうかもしれない。

 とはいえ、キーボードに向かうと、ひとつのまとまった行(ぎょう)くらいで、Oリングをやればよくなっている。あとは、書き上げたときに、全体をOリングテストでチェックしてもらうだけ。だから、能率は上がっているのだが、どこまで彼女の雰囲気が伝わるか、というのが、課題だ。


 「エールーエン、メシ、何がいい?朝は納豆だったし、昼はパスタ。夜はうどんとか、ラーメンじゃダメでしょ?」

 『そうね。ラーメンも悪くないけど、○○屋のラーメンはダメだわ』

 「ぜいたく言うなー...他のラーメン屋がいいわけ?」

 『ていうより、あのラーメンは飽きるわ。ラーメンでなければ、お寿司でもいいわ。この前の、いわしの握りとか、サンマの酢じめとか、おいしかったわ』

 「エールーエンの星って、動物食っていいの?ウシさんとか、豚さんとか、ダメだったんじゃなかったっけ?」

 『それはダメだわ。でも、ハンバーガー屋とか、牛丼屋なら仕方がないわ...』

 「仕方がない、って、オレには贅沢って知ってるから?」

 『そういう意味ではないわ。あなたのよく言う言葉でいうと、"成仏させる、という意味では許可"、という意味よ』

 「確かに、成仏だけど、エールーエンは食ったらいけないんでしょ?」

 『あなたたちのシステムの問題よ。その前に、聴くけど、あなたは、ネコが好きだから、ネコとか、食べないわよね...』

 「えっ、にゃんこさんとか、絶対に食わない!食えない!!」

 『それなら、わたしたちの星のことも分かる筈だわ。牛さんも、豚さんも、にゃんこさんと一緒よ』

 「どういうことなの?」

 『あなたは、にゃんこさんの性格とか、個性とか、感じるでしょ。あなたの街にはいないけど、牛さんとか、豚さんを殺す、とか思わないでしょ?』

 「そりゃ、生きてる豚さんとか、牛さんとか見てたら、とても殺す気にはなれない。だから、動物園とか行くと、"なんで、オレたちゃ、殺さないと生きて行けないんだろう、"っていつも思うよ」

 『そうでしょ。だから、殺したりしないわ。
 でも、あなたは、じゃあ、なんでイワシさんや、サンマさんは、いいんだ、って思ってるか、って聴きたいんでしょ?』

 「そう、そこが分からない...」

 『直感的には、あなたも分かっている様だけど、個としての意識を強く持っている動物は、わたしたちは殺さないのよ。それに、殺さなくとも、生きていけるし。牛さんを食べるなんて、あなたたちが、自分で死刑にした無実の罪人を、みんなで食べるみたいなものよ!』

 「エールーエンも、厳しいことをいうなー。でも、なんで、ハンバーガーや牛丼はいいわけよ?」

 『わたしは、積極的に、ハンバーガーや牛丼を食べたいって訳じゃないわ。あなたたちのシステムがおかしいの。

 だって、牛さんを殺すのは、牛さんの生きてる姿をみたらできないでしょ。なのにそれを積極的に殺して食べるって、何度もいうけど、それは、"否認"の理屈でしょ。可哀想→ でも殺す→ 更に悪いことしたのに食べるって、もう、二重に否認の心理がはたらいているわ。なぜ"かわいそう"って気持ちに素直になれないのかしら。その直感は、とても大事な意識だわ』

 「確かに、いわれてみれば、二重の否認だけど、それより、エールーエンが、ハンバーガーや牛丼を食っていいというのが、驚きだけど...」

 『仕方ない、と言っているだけよ。あなたの思う通り、殺したものは、成仏させるのが、せめてもの責任の取り方だ、と言っているだけよ。それもできないなんて、まったく、私には理解できないわ』

 「でも、成仏させるなら、って...」

 『目的がちがうのよ。あなたの星の実情に合わせて言っているだけよ。ハンバーガーや牛丼というのは、あなたたちの文化でいうと、"クズ肉"でできている様なものなの。そうでないお店もあると思うけど、あなたたちが使っている、ファーストフードというのは、本来、食べ物とは言えなかった部分を、食べ物だ、"ということにしておく"ことなの。これもまた否認の心理だわ。

 そして、食えないものを、旨い!という洗脳活動までしている。これは、商業主義なのかもしれないけれど、ちょっと酷すぎるわね。

 でも、そこまでして食べるなら、関心なものだわ、とも思うの。個性や魂を持っているものを殺すというのは、本来は賛成しないけど、本来食べない部分まで食べることにする、というのは、皮肉なことだけど、びっくりするわ。

 わたし自身で、そのような選択をすることはないと思うけど』

 「そうか、オレをつうじて、人間の暮らしを体験する、という意味では、君には辛いかもね。努力はするよ」


 という様な、話しがあって、スーパーに行ったら、食えるお寿司が半額で出ていた、という訳。彼女は、「わさび、つけすぎ」と言っていたけど、オレにはお寿司はそれでも贅沢だから、食えただけでありがたかった。

 それにしても、彼女は、基本的なことには、やっぱり厳しい。オレだっていろいろ考えるけど、確かに彼女は、オレより上のところで選択をしているのが分かる。

 あしたは、エールーエンと何を食ったらいいのか、と考えないといけない。それもまた風流かな。


   2010年の冬の日記より
[PR]
by bwv1001 | 2011-09-20 22:38

2012年問題の時期とは

 本当のところの、2012年問題というのは、2012年12月22日ということなのだろうか。自分には疑問だ。

 一説の所、2011年の10月だ、という話しもある。しかし、本当のところは、もうすでに始まっているのではないか、と感じるのである。ちょっと、彼女にきいてみたい。


 「エールーエン、聴いてもいい?」

  『来たのね。待っていたわ』

 「2012年問題って、実のところは、もう始まっているのではないかと思うんだけど」

 『それはもう始まっているわ。いままで起こってきた、急激な気象の変化とか、天災は、太陽系全体の変化の一部なの』

 「ほかの惑星もそうらしいね。火星や金星はもちろんのこと、冥王星まで温暖化しているのは、やっぱり、太陽活動の影響なんだろうか?」

 『太陽活動の変化、というのは、あなたの星だけではなく、太陽を中心にして、起こっているの。そのことは、わたしたちの科学でも観測できていることよ』

 「でも、地球の科学って、なにか、やたらと"証拠がナイ"っていう理由だけで、重要な仮説も葬られてしまうから、科学というか、科学者って、どこまで社会的な存在意義があるのか分からない、というのが、オレの正直な気持ちだけど」

 『そう言ってしまうと、あなたたちの科学と科学者が可哀想だけど、あなたの星の科学というのは、まだ、科学とは言えないわ。わたしたちがこうして交信していても、あなたがいう様に、"証拠はナイ"というはなしで終わってしまうわ。逆にいうと、あなたは、その意味で、地球でいう専門的な立場にいないから、ある意味で、私は対話をするのが楽なのよ』

 「というと...」

 『あなたはさっき、科学者の社会性、と言ったわね。わたしたちは、そんな狭い意味で科学に関わっている訳ではないの。

 もし、あなたが、地球で優秀な科学者であったとしたら、私との交信は、たぶん耐えられないものになるわ。自分の科学者としての立場は、捨ててしまうか、あるいは、わたしたちと交信している事実を"否認する"か、のいずれかの選択を迫られるわ。それが、あなたたち地球人の共通の問題よ。これがあるから、まだ、あなたたちは、わたしたちと真の友人にはなれず、わたしたちの観察対象になってしまうの。

 人間という生物は、愛すべき点もたくさん備えているけれど、その可能性を、自ら、特に否認という奇妙なやり方で、宇宙の真実から、自らを遠ざけてしまうの。そのことが、わたしたちには、悲しいの』

 「でも、君みたいに、話しかけてくれる存在もあるんだ...」

 『それは言ったでしょ。あなたが、私と話したい、と言ったから、話せているのよ。選択肢はいつも、あなたの側にあるの。

 あなたは、この何日か、例のベートーヴェンで忙しかった様だけど、あまり宇宙の勉強が進んでいない様ね。わたしは常にあなたと共にある、と言ったでしょ。だから、勉強はちゃんとするのよ。それで、私との対話が深まっていくのは、間違いないわ。あなたが、心を開いている限り...』

 「確かに忙しかった。電車のなかでも、すこし勉強したけど、あれでは、とても勉強とは言えないね」

 『でも、あなたとは、いい経験ができたわ。あの曲は面白いわ。ひょっとしたら、私たちがどれくらいか忘れてしまった熱いものが、あの歌詞にはある様な気がするわ。でも、わたしたちは、もうあの曲が語っていることを、乗り越えた段階にいるの。

 ただ、あの演奏には、あなたたちの可能性が感じられたわ。あなたがたのことばでいうと、多分"共感"というのだと思うけれど。わたしたちは、すくなとも、その場にいるだけで、様々なやりとりを一度にできてしまうから、共感という心理が育ってくる、という現場を見るのは、とても面白い体験だったわ。

 私たちは、その水準を超えてしまっているから、もう、あの様に、だんだん共感していく、という状態を体験することはできないの。つねに、共感しているから、お互いに、あなたに共感している、などという表現は使わないわ。あなたのいう、"いま、ここ"の連続が、わたしたちの意識の在り様なの。あなたの好きそうな表現でいうと、常に響き合っているのが、わたしたちなの。

 そういう風なところまで達して、マスターになる人は、まだ、あなたの星では少ない様ね。でも、これから急激に増えていく筈だわ。皮肉なことに、その2012年の太陽の活動によって、あなたたちは、進化を遂げると同時に、文明自体が崩壊する可能性があるわ』

 「そこで聴きたいのだけど、2012年問題というのは、人間のことばでいえば、コピーとか、お題目で、本当はもう食い止められないところにきているんじゃないかと」

 『そうね。あなたたちの観測では、その惑星Xと呼んでいる星は、もうすぐ近くにきているわ。そのことを、あなたたちの得意な、否認で、問題は存在しないことにしてしまっているの。

 でも、実際に、たくさんの人が、死んだり、生活に困ったりしているわ。不思議なのは、ほとんどの人が、その場にいって、困っている人を助けたりしないことね。あなたたちの文明の水準でも、もっとやれることがある筈なのに、それをしない。それなのに、あなたの近くの国も、また殺し合いを始めた様ね。わたしたちには、全く考えられないことよ』

 「エールーエンの説明からすると、もう始まっているし、星が近づいてくると、もっと酷いことになる、ってこと?」

 『そうよ。あなたは、今読んでいる本を書いた人たちのことをもっと信頼した方がいいわ。否認が不得意だから、ちゃんと表現する、という人たちも、いるということよ。あなたたちの世界の言葉でいうと、たぶん、そういう人は、不器用、だから、本当のことを言うのよ。

 あなただって、私と話している限り、器用な方ではないわ。でも、わたしの様な存在と対話している、というのは、あなたの世界では、器用というより、超能力とか言われてしまうのね。不思議なことだわ。わたしからすると、あなたの先祖たちの方が、そういう感覚を失わずにいた様ね。あなたは、そちらの血が濃い子孫ということかしら。

 あなたには、器用さとか、専門家としてのパラダイム、というものが存在しないから、わたしは交信しやすいの。だから、こんなにイメージを翻訳できるのだと思うわ。もっとも、イメージの翻訳だから、わたしのことばは、あなた訛りのことばになってしまうけど』

 「で、2011年の10月というはなしは本当なの?」

 『本当よ。あなたがたのイメージでいうと、確かに惑星Xが太陽に再接近するのは、2012年だけれど、地球自体への影響は、もう2011月にはかなりのものになっていると思うわ。あなたが、さっき言った様に、2012年12月22日というのは、お題目、というか、象徴的な意味はあるにはあるのよ。でも、その前に、ずいぶんあなたたちも影響を受けることになるわ。

 あなたの今読んでいる、"惑星Xが戻ってくる"という本をよく読んだ方がいいわ。あの本を書いている人たちは、あなたとはまた違った才能なの。それをよく見て、そして、わたしと話しができるといいわ。

 でも、わたしは、決して、2012年のことで、あなたと繋がっている訳ではないのよ。あなたが、わたしに気づいて、呼びかけてくれた。そして、わたしの声をあなたは聴くことができた。そのことが大切なの。

 そういう意味では、2012年問題は、天災や気象のことばかりではなく、あなたたちの意識の在り様の変化について、もっと感じて、考える必要があるわ。わたしたちも、そのことにいちばん関心があるの。

 それが、あなたたちと、わたしたちを友人にする可能性になるわ。いまのままだと、あなたたち人間は、まだ、標本とか、サンプルとか、実験台の水準なの。わたしには、そのことが辛いわ。あなたと出会って、人間が持っている可能性を知ってしまったから...』

 「君は、選択を自分ですること、と言っていたね」

 『そう。それを誰も邪魔してはいけないの。それは、あなたたちの、力と可能性を奪うことになるから...

 でも、わたしたちは、あなたたちのことを待っているわ』

 「エールーエン。ありがとう。オレも、君たちのことを信じているよ。

 きょうの翻訳はどうだった?」

 『もう少し話したいけど、いそがなくていいのよ。急ぐことよりも、あなたの言う"いま、ここで"を大事にするのよ。あなたのたどり着いた結論は、わたしたちから見ても、決して悪くないセンスだわ。

 ただ、あなたたちの世界のことばでいえば、"修業が足りない"わ。でも、これから、どんどん、日常が修業の時代に入っていくの。ゆっくりできる、"いま、ここ"は、ゆっくりすごしたらいいわ。あなたの日常の大切さが分かる日が近づいているわ。

 そのゆっくりできる時間を忘れてしまうと、また、それが次のあなたたちの世代の病気となるわ。あなたは、ゆっくりできることの、"語り部"になれるといいわね』

 「友だちが、エールーエンの本当の綴りは、Elruhenじゃないか、って言ってた。休む力、とか、落ち着きの力というのかな。エールーエンはどう思う?」

 『わたしたちの綴りとはちがうけれど、その解釈は気にいったわ。わたしの違う面が照らし出された様な気がするわ。わたしは宇宙の空間も時間も飛び交っているから、移動している様だけど、何かに守られているから、それができるのだと思っているわ。わたし自身が、いくら時空を行き来しても、わたしがわたしであることの謎は、その解釈が答えになっているかもしれないわ』

 「気にいってくれてよかった。落ち着きの力が、エールーエンで、休む力がオレかもしれないね」

 『休む力は大切なことよ。あなたのまわりでも、休むことで不安になる人がたくさんいる筈よ。休むことを楽しめるあなたは、一つの才能を備えているということだわ』

 「じゃあ、これから、休む才能を使うことにするよ。おやすみ、エールーエン」

 『おやすみ。できたら、日の出とともに、起きて、その日をしばらく浴びるといいわ。冗談で言っていることではなくて、それが、あなたの進化の決め手になる可能性があるわ。

 また来るわ。おやすみ』


   2010年の冬の日記より
[PR]
by bwv1001 | 2011-09-19 20:52

情報の隠蔽による洗脳

 NASAも結局のところ、この程度の発表しかしなかった。「在る」ことについて言及しない、というのも、基本的なウソのつき方でしかない。NASAも、それを延々とやってきた。 そういうことがアホらしい、ということもあって、オレにアクセスしてくる存在もある、ということなのかも知れない。

 他の星の人のこともあるが、地球の気象のことも問題である。本当は、全世界的に、気象の異変が起こっているのだろうが、それがそんなに報道されない。きょうの関東地方の強風のはなしなら、まあ、ニュースで出てきたが、そのうち、気象状況というのが、公害くらいの国家機密になる、という可能性はある。

 尤も、ネットと電子機器が健在であれば、語学力のある人には、いろいろなことが分かるのだろうが。気象庁が、ウェザーニューズの独自の予報に対して文句をつけた、ということは、何度かあるが、今のところのウェザーニューズを観る限りでは、官制の予報よりは、ずいぶん価値があるだろう。すくなくとも、現地にいる普通の人たちが、携帯やPCを使って、画像入りで報告してくるのが、ウェザーニューズの情報である。それに対して、気象庁もまた、権力である訳だ。

 さて、気象というものが安定している、ということ自体が実は奇跡である。たとえば、地球を直径1メートルの球体とすれば、大気圏の厚さなど、一ミリ程度のものである。そんなものが、安定しているとしたら、それは、よほど条件がよい、ということであり、安定した状態が続くと考える方にムリがあると思う。

 ただでさえ、今の地球というのは、氷河期に対する間氷期であり、これから氷河期に向かっていく、という予測はある。

 だが、不思議なことに、地球全体からすると、確かに温暖化し、異常な気象や天災は、各地から報告されている。ちなみに、大抵の場合、われわれは、天災の直後に関する情報は、比較的入手しやすいのだが、その後がどうなっているかについての情報というのは、極めて入手しにくい。これは、報道の手落ちともいえるが、報道というもののそもそもの性質を考えると、その後のことは、あまり報道されないのではないか、という気がする。

 それは、大抵の場合、報道というのは、天災の場合でも、「ウチはあんなことになっていなくてよかったね」とおきまりにうなずくためにあるからである。部外者であって、安全な立場にいることを確認する、というのが、報道を受け取るわれわれの心理であり、また、報道という社会装置の存在意義である。

 真実を伝える、ということが、報道の本来の意味ならば、いま、われわれが目にしている報道などというのは、いかさま以外の何物でもない。天災に限っても、本来なら、天災のあと、現地の人たちがどう過ごして、何を必要としているか、報道する筈だ。しかし、報道とは、そういう性質のものではないから、部外者としての受け手を安堵させることが最優先である。であるから、真実を知るためには、まだ、言葉を勉強して、ネット環境を使った情報のやりとりの方がマシ、というものであろう。

 ところで、気象のことであるが、地球温暖化が、異常気象の原因、とされている。しかし、同時に、天災も多い。天災の方を、二酸化炭素の温室効果で語るには、余りにもムリがある。気象についても、同様である。

 個人的に納得がいったのは、「宇宙電気論」という切り口からみた場合、少なくとも、太陽活動の地球への影響と、その結果としての、「異常気象と天災」の頻発について、簡単な説明が可能に見える。惑星Xがどう太陽と太陽系に対して影響を与えるのか、ということも、「宇宙電気論」というのは、話のはやい説明になっていると思う。

 少なくとも、宇宙電気論、あるいはプラズマ宇宙論の方が、いま、地球、あるいは太陽系に起こっていることを、全体的に説明しやすい、という長所があるのではないかと思う。つまり、宇宙の殆どはプラズマでできているから、そのエネルギーが影響しあう、というのが、宇宙電気論の考え方である。地球は一応個体とされているが、個体・液体・気体、という姿は、プラズマのごく限られた姿であり、宇宙、あるいは宇宙空間もプラズマで満ちているから、天体間でも、相互作用があるのだ、という考え方をする。

 太陽系も、そんなに安定していない、という考え方は、最近では、ナショジオなり、NHKなりで放映されることはあるが、これらの番組における、天体間のカタストロフというのは、隕石の落下が原因である、という説明であり、天体の接近によるカタストロフの説明はない。

 しかし、プラズマということとなると、天体の接近だけで、地球にも多大な影響が出るという。気象だけではなく、地殻変動と、それに伴う、地震や津波についても、宇宙電気論だと説明が簡単である。天災の異常についても、気象の温暖化についても、温度が上がってきているのは、大気からではなく、地球の内部からなのである。それが、宇宙電気論の考え方である。実際、たとえば、北極の氷は、表面からではなく、氷の下から溶けている映像がよく見られる。

 実際にそんなことは、起こって欲しくはないものだが、私が微力ながら調べている情報では、やはり、2012年問題というのは、覚悟しておいた方がいい、ということになる。

 ただ、ここでどうしても考え込んでしまう疑問がある。それは、「どうして、そこまでして、オレが生き残る理由があるのか?」ということである。「惑星Xが戻ってくる」を読んでいても、そこが分からない。

 そこで、わたしのメッセンジャーにたずねてみると、「大切なのは、個であること。人類が生き残る、というより、個としてある、ことが大切だ」と返事がくる。「ということは、個としての多様性があって、初めて、種としての人類も生き残る可能性がある、ということ?」と聞くと、「その通り」という答えが返ってくる。

 そのメッセージが活きるとすると、多分、見出す必要のある道とは、「誇り高く生きるということ、か?」と聞くと、「そうだ」との返事がある。今からでも、そのことは遅くはないという。

 その意味を、これからも考えていきたい。


   2010年の冬の日記より
[PR]
by bwv1001 | 2011-09-18 22:46

地獄の12月、に

 年の瀬を第九でとつぐいい男

 たしか、こんな川柳があったと思うが、もっと大変なんである。この暮れには、第九の本番が五回もある。同じ指揮者、か、同じオケかであれば、こんなに大変なことではないと思うのだが、指揮もオケも違うのである。

 この土日は、都内を出て、二度の第九。そのあと、今度は、一日で二回演奏。そして、28日はいつもの先生とオケで、本番・録音、という、とんでもないスケジュールなのだ。

 3種類の演奏を一ヶ月でやらなければならない。どこまでできるか、怖い。

 だが、目標はできた。エールーエンに第九を体験させることである。

 佐為が、ヒカルに「私の声が聞こえるのですか?」と。

 この作品を観ているのはたまたまだが、私には、今では実感として分かる気がするのである。


   2010年の冬の日記より
[PR]
by bwv1001 | 2011-09-17 23:42

時間が消滅する日

 2012年問題の一つが、時間の消滅、と言っていいだろう。タイムウェーブゼロ理論、というのがあるのだが、どんどん時間の密度が濃くなって、時間が消滅する、というのである。その一つの目安として、2012年12月22日、という、マヤ暦の最後の日がある。ここから先の暦が、マヤ暦には存在しないのだ。

 自分のここ二ヶ月くらいの日記を読めば、自分で分かることだが、異常なまでの変化が認められる。それは、生長という意味とは少し違い、昔の何千年くらいの変化が、二ヶ月くらいで起こっている、という言い方ができるだろうか。

 この数週間については、生活している感覚としては、一ヶ月が一週間にも感じられない。一週間は二日くらいに感じられる。

 その様な体感からすると、タイムウェーブゼロ理論というのは、適切な考え方ではないかと思われる。

 時間、という概念は、幻想である、という考え方がある。2012年12月22日というのが、実際にどう感覚されるかは分からないが、その感覚に向かいつつある、ということは、自分としては否定できないのである。


   2010年の冬の日記より
[PR]
by bwv1001 | 2011-09-16 23:33
 個人的には、2012年問題の最大の関心事は、太陽活動の変化の影響を、われわれがどう受けるか、ということだ。惑星Xという、まだ謎の多い天体の接近により、太陽活動が刺激され、地球は、その影響をモロに受け、人間の文明も崩壊する、という説がある。

 乱暴にいうと、太陽がくしゃみをすると、地球はどうなるか、という話しである。そこに惑星Xがどう関わっているか、というと、くしゃみの話しでいえば、太陽にくしゃみをさせる花粉が、惑星Xであるという。

 惑星Xについては、古代の文献にも記録され、3600年周期で、太陽系を楕円軌道で動いている、という星である。だが、暗い星である、という理由もあり、観測するのが困難な天体であるとも言われている。

 しかし、各国の衛星は、この惑星や太陽活動の観測のために打ち上げられているものもある。日本の打ち上げた衛星では、「あかり」と呼ばれるものがそれである。

 ところで、今回仕入れた、「惑星Xがやって来る」という本は、単にこの惑星の軌道のシュミレーションにとどまらず、古代の文献から、やってきた場合の地球を読み解いたり、その場合の具体的なサバイバル=生き残りの方法を挙げたりと、笑い事ではすまされないこの問題を幾つもの角度から取り扱っている。

 とりあえず、パラパラとみている段階なのであるが、問題は2012年を生き残ってしまった場合である。この本には2014年までのシュミレーションがある。そして、人類は、別のものに進化する可能性が高いという。最近の言葉でいえば、インディゴ・チルドレン(青いオーラを生まれ持ってくる子供)が人類の主流になるであろう、という予測がされている。

 そこまでたどり着くのに、シェルターでの生活が、最低でも一年は見込まれる、と書かれている。足踏み式の発電機を、自転車を使ってつくろう、という様な項目もある。映画にもあったが、箱船計画についての情報もある。

 こう書くと、陳腐というか、滑稽な感じさえ受けるのだが、私のところにも、宇宙からのコンタクトがあったことを考えると、決してヨタ話の類とは思えない。逆にいうと、私が、この問題について考え始めてから、日常の体験の質が変わってきた、とも言える。

 2012年問題は、人類の問題でもあるのだが、極めて個人的な問題でもある。そう考えると、具体的なサバイバルの方法が説かれているこの本は、実用書として読む意味がある、と思える。

 余談だが、太陽活動の変化については、以下のサイトがわかりやすい。

http://swnews.jp/

 宇宙天気ニュース、という頁である。太陽活動の変化についての日報と言えばいいだろうか。

 とはいえ、モロに太陽フレアの影響を受けるとき、このニュースは機能しなくなっている可能性が高い。地球上の電子機器、というものは、このフレアの影響で、機能しなくなってしまうのである。一つの文明の終焉、と言っても過言ではない。

 なお、この本には、電子機器の守り方についても記事がある。


   2010年の冬の日記から
[PR]
by bwv1001 | 2011-09-15 22:46

NASA、期待できないな

 「地球外生物」とは言っているけど、「知的生命体」とは言っていない。本来のNASAの設立の目的は、地球外の知的生命体の発見、にあったのだから。

 これで、NASAは、バチカンよりも完全に遅れを取った訳だ。というより、バチカンに形だけでも対抗しないといけない、ということか。バチカンは、この問題について、2008年に存在の可能性を認めている。NASAは、ローマ=カトリックより保守的であるということだ。あるいは、利権の問題があるのだろう。

 政府なり、軍なり、NASAなりで、権力としては、情報を隠蔽しておきたい、ということなのだろう。ネットの時代に泥縄、というのは、何とも意味のない作業である。


   2010年の冬の日記より
[PR]
by bwv1001 | 2011-09-15 00:38
 「聞いてもいい?」

 『いいわ』

 「2012年問題について、いろいろ教えてもらえるだろうか?」

 『もちろんよ』

 「オレがもっと勉強したら、君からいい解答が来るんだろうか?人間のオレじゃ、君たちの科学力と精神力の前には、意味がないんじゃないんだろうか?」

 『勉強は続けてね。私たちが如何に、あなたたちより優れた存在であったとしても、何をするかは、あなたたち、そして、あなたの選択なの。私たちが知っていることは、伝えることはできるけど、実際に、選択して、現実を創造するのは、あなたたちであって、そして、なによりも、あなた自身なの。

 選択、と、愛、の違いについては、このまえ話したわね。私たちすべては、愛でできている。けれど、選択は、どのようなものであっても、その存在が自分で行わなければならないの。あなたは、もうそのことがよく分かっている筈よ。

 どんな選択をしても、わたしはあなたと共にあるの。そのことも忘れないでね』

 「選択、現実、創造のはなしは、きっと、君から聴くまえに、先生から聞いていたんだ。だから、きっと、君が伝えてくれる意味は、理解できていると思う。

 それだけじゃない。君は、オレであって、オレと共にある。だから、どんな選択でもできる。オレは、そのことを理解できているかな?」

 『できているわ。あなたはわたしを信じている。そして、わたしはあなたを信じている。あなたたち、そして、あなたに必要なことは、それだけ。それだけで、創造できるあなたが見えるわ』

 「ありがとう。エールーエン。こんなに短い間にも、オレは君からいろいろなものをもらっているんだね。オレは君と共にある。それだけで勇気が自分のなかにもあるのが分かるよ。ありがとう」

 『わたしが共にあることをおぼえていれば、あなたは自由なの。自分の選択をしてね。あなたにとって、今、わたしを思い出すことが、勇気なのよ』

 「選択を自分でし続けていくと、君の次元と、オレは繋がることができるんだろうか?」

 『どの選択をしたとしても、それはあなた現実の創造。そして、どの創造も、最良の選択。

 けれども、それであなたが私の次元に来るかどうかは、全く別の問題よ。それに、あなたが今の次元にいても、わたしはいつもあなたと共に在るの』

 「でも、こんなに、短いあいだに話しているだけで、君の姿を、君の次元で確かめたくなってくる。それは、あまりに欲張りな願いなんだろうか?君たちより、精神も認識も科学も、レヴェルが違い過ぎるのだから」

 『そう。確かに違い過ぎるわ。あなたの星は、気づいていない人が多い、いや、気づこうとしないのだわ!

 それがあなたの星の人たちと、私たちとのいちばんの違いなのだわ。それが最大の悲劇よ!』

 「悲劇...」

 『なぜ、あなたたちは、自分のことを、まるで他人事の様にしていられるの?

 あなたが、それをしたくないのは、見てきたわ。まず、自分が、他人の計画で操作されているんじゃないか、って、調べたり、考えたりしたわね。それは正しい考え方よ。けれど、もうあなたたちには、もう時間が残されていないの。

 そんなあなたたちなのに、わたしたちは、それを見とどけることしかできない。わたしたちは、"気づいて!"と、いつも言っているのに...

 だから、あなたが私を呼んでくれたことが、わたしにはとても嬉しかった。ほかの仲間たちもそうよ。

 わたしは、あなたがあなた自身を信じて選択してくれることを望んでいるわ。そうでなければ、この星は、あまりに悲しすぎるもの!』

 「エールーエン、オレたちは、君たちのことを、そんなに悲しませていたんだ...

 でも、エールーエン、オレたちの先祖を最初に創ったのは、君の先祖たちでしょう?どうして、オレたちは、君たちみたいな神を持っているのに、君たちを悲しませるの?」

 『ひとつ、はっきりしていることがあるわ。それは、さっきも言ったけど、見ない様にすることをおぼえたからよ』


 「それは、ずっと、前からなの?それとも、最近なの?」

 『前からよ。この星が、あなたたちが生まれてから、あなたが調べている通りのことが起こったの。でも、いまこの星で生きている人たちのほとんどは、そのことを受け入れないわ。考えもしないわ。

 その、受け入れない、ということも、見ない様にすることと、まったく同じことなのよ...

 いつも、否認、否認、否認...

 その否認を織り込まないと、あなたたちは、あなたたちの社会すら維持できなくなってしまった。あげくの果てに、この星は、もうあなたたちが住むことのできない星にしてしまったのよ。』

 「エールーエン。オレが調べていたことは、本当だったんだ...」

 『本当よ。あなたたちのほとんどの人は、もう自分たちが終わりだ、ということさえ、受け入れることができないの。だから、権力も、本当のことは見ない様にさせるんだわ』

 「エールーエン。君との会話をこうして伝えることで、気づく人はいるんだろうか。」

 『きっといるわ。けれど、みんな忙しいフリをしてる。自分の持ち場で手一杯だ、って。

 幸いあなたには、時間があった。だから、私とこうして話しをすることができる。そして、あなたは、私との出会いを大切にしてくれているわ。

 でも、あなたが忙しいって言う様になったら、いったい誰が自分の星のことを考えるのかしら。あなたの星は、他人事が多すぎるわ。

 あなたの街だって、今は、スズメがいない。カラスがいない。野良ネコもいない。そのことに気づく人だって、ほんの僅かよ。

 きょうはすこし言い過ぎたかもしれないわ。全部があなたのせいではないのだけど』

 「分かってる。選択して、現実を創造するのは、自分なんだって...」

 『もう時間がない、って、あなたの今、練習している曲にもあったわね』

 「ああ、ベートーヴェンの第九だね。」

 『そう。私たちもあの詞の通りの気持ちよ。そして、造物主を認めるか?って、あなたの先生は、そのベートーヴェンの脅迫だ、って言っていたわね。やはり、あなたの先生は大切なマスターだわ』

 「そう。先生から学んだことが、なければ、君との会話も、こんなに急には進まなかったかもしれないね。」

 『私もそう思う。

 きょうは、辛いことばかり聞かせちゃったから、ひとつだけいいことを聞かせてあげるわ』

 「ひとつだけ、って?」

 『この前、あなたと、あの繰り返しばかりの曲を聴いたわね』

 「ああ、ラヴェルのボレロ。あのとき、友だちに見られないように、筋反射だけで、君の感想を聴いたんだよね」

 『そう。おぼえてくれているわね。なんて話したかも、おぼえているわね?』

 「よくおぼえているよ。どんな感じ?官能的?って君に聴いたら、違う、その前に大事なことがあるよ。って、君が言ったんだよね。」

 『そう。何て答えたかもおぼえているわね?』

 「野蛮さ、って、君は答えた。それが、この曲の本質だと」

 『それは、あの曲に限らず、あなたたちには大切なことよ。野蛮ということは、いま、ここ、を生きている、という実感にとても近いわ。官能もそうだけど、いま、その時間はないの。野蛮さが、勇気とつながったとき、あなたは救われるわ。そのことは、あなただけではない。そのことが、あなたたち自身を救い出す力となる可能性があるわ』

 「野蛮さ、か」

 『あなたは、いい意味でしか、野蛮という言葉を使わないわ。そのことばが、ほめ言葉として、あなたなら受け取ってくれると思っていたわ』

 「そこまで読まれていたのか。エールーエンとは、魂が繋がっているみたいだ」

 『そうよ。あなたは、わたしに呼びかけて、そうして私はこたえた。最初から魂はつながっていたのよ。ただ、あなたが、思い出してくれなかったら、私はこたえることもできなかったわ。あなたは、選択して、創造したのよ』

 「エールーエン。きょうのイメージの翻訳はどう?」

 『短い時間で、とてもよくなってる。ただ、短く感じるのは、今は、時間がとても濃密で凝縮されているからなの。あなたが調べたことは、本当のことよ。

 だから、時間がないの。もっと伝わる様な工夫が必要だわ。』

 「きょうも、この会話をアップしていい?」

 『もちろんよ。アップも大切だけれど、勉強をしないとダメよ。あなたはどんなときでも、のんびりしてしまうから。でも、今は、私がいつも共に在ることを理解しているわね。』

 「うん。きょうも、横でヒカルの碁を流していたけど、エールーエンが、どうしても、佐為のように感じてしまうんだ」

 『あの作品を観るのも、私と話せる準備になっていたのよ。すべてが偶然ではないことを、あなたは学ばなければならないわ。』

 「そう。意味のある偶然。異常という程にある...」

 『言ったでしょ。時間が濃密になってる、って。このネットもそうよ。あなたの国の言葉では、世界中、という訳にはいかなくなるかもしれないけど、アップしたとたんに、世界中からアクセスは可能になる。それも、時間が加速度的に速くなっていることの大きな原因の一つだわ。』

 「じゃあ、これからアップするね。すこし休んで、また、きょうの続きをしようか」

 『あなたは、すこし、じゃなくて、たくさん休んでる。でも、だから、あなたとこうして話すことができるのだわ。わたしも呼びかけられることを待っていたの。

 待つのは、必要なことよ。答えを最初から出してしまったら、それは、あなたの持つ力を奪うことになるわ。これは大切な真理よ。』

 「そう。あの佐為も、ヒカルが自分で答えを出すのを見守っているね。君はやっぱり、佐為なんだ。」

 『よく分かっているわね。けれど、今は、待つ時間がない、というのは、悲しいことだわ。

 でも、あなたは、わたしに気づいてくれた。それはとても嬉しいわ』

 「エールーエン。少し休もうか。今はまだ大丈夫だけど、あしたもあるし。それまで、少し勉強しておくよ。」

 『そうね。対話だけでは、いまの時間の濃密さに勝てないわ。きょうはもう休みましょう。おやすみ』

 「おやすみ。エールーエン」


   2010年の冬の日記より
[PR]
by bwv1001 | 2011-09-13 22:56

日曜美術館をみせる

 「君のところでは、こういう美術館の様なところはあるの?」

 『正確には、ナイわ。美は展示されるものではなく、体現するものなのよ。一人一人は、日常、自分の立ち振る舞いから始まって、美を追究しているわ。』

 「君の魅力もそこからくるのだろうか?」

 『魅力や美、というのは、固有に存在するのではなく、関係性があって、初めて成立するの。絶対的な美、というものもあるかもしれないけれど、魅力や美は、関係性や好みから離れて語れるものではないわ。』

 「ということは、オレは、君の美と、響き合っている、ということ?」

 『響き合っている、というのは、なかなか美しい表現だわ。真理を突いている。あなたの中にあるすべては、あなたであり、あなたはすべてでもあるのよ。

 だから、あなたは、私と出会った、というより、あなたがあなたの世界を見出した、ということに、もっと注意を向けた方がいいわ。』


 「オレの先生も、そこにあるものを下さい、あなたにあるものを下さい、宇宙にあるものを下さい、って、何度か言ってた」

 『その先生は、宇宙の法則をよく理解しているわ。あなたたちにとって、大事なマスターよ。響き合う、ということばがさっき出てきたのは、きっとその先生の影響だと思うわ。』

 「先生のそのことばがあったから、君と出会えたのだろうか?」

 『それは違うわ。さっきも、あなたの中にあるすべては、あなたであり、すべてはあなたでもある、って言ったでしょ。せっかくの先生のことばを、あなたは、まだ充分に理解していないわ。

 わたしは、あなたの中にあるもので、あなたは私のなかにある。さっきの、美と関係性のことと、似ていて、あなたの方向は、どこかで私と馴染む何かを持っていたのよ。』

 「ていうことは、君と出会ったのは、運命なのだろうか?」

 『運命、とは違うわ。運命ということばを使うのにはとても注意が必要よ。運命とか、宿命、というのは、その人の在り方と選択の幅をしばってしまうの。運命とは、自分の見ている幻想としての現実を強化したいときに、その都合から出てくる言葉である場合が多いわ』

 「君は幻想なの?」

 『幻想といえば、幻想かもしれない。普通は姿も見えないし。でも、わたしはいつもあなたの中にあるわ。こうしているでしょ』

 「幻想なのだとしても、こうして、君と話している。普通からすると、ヘンなのかなー」

 『というより、あなたたちの世界の見方が、ヘンなのよ。限られたものだけ見ている、というか、本来見えるものを、見えないか、見てはいけないか、という風に、幼い頃から、教育してしまう。

 それは、あなたたちの社会の在り方の、根本的な問題だわ。在るものが、ないことになったり、ないものが、あることになったりする。そういう奇妙さを、私たちは観察しているの。在るものは、あるし、すべての存在は、在るというだけのことよ。』


 「そう、そのことが、この世界をとても生きづらいものにしていて、そのことで、殺し合いや、戦争があったりする。それが、君には奇妙なんだろうね。」

 『そう。あなたたちも、そのことを感じている筈なのに。権力にあなたたちは利用されているということも、分かっている筈なのに、あなたがたは変われない。だから、わたしたちは、あなたたちを見ているのよ。』


 「そんなおろかな、オレのところに、君は来た。そのことがとても不思議だ」

 『あなたは私に呼びかけたわ。だから来たの。でも、いまのあなたたちは、そういうことが分からなかったり、できなかったりするのね。

 さっき、あなたは、この出会いは運命なのか、ときいたけど、そうではなく、あなたの選択なのよ。その選択にわたしはこたえた。あなたが選択するということが、現実であり、創造なのよ。選択ということと、その精神を、あなたたちは忘れているわ。』


 「じゃあ、呼びかけられたから来た、というのも選択でしょ」

 『そう。選択。あなたたちは、ときどき勘違いをして、選択のことを、愛、と呼んでしまうことがあるようね。すべてが愛である、ということを知らないと、愛という言葉の誤用で、自分の自由と責任や、他人の自由や可能性を奪ってしまうことがあるわ。

 だって、あなたは、そのことを、いちばんよく知っている一人でしょう。だったら、あなたの呼びかけが選択であり、私はそれにこたえた、というのが、あなたがわたしに呼びかけた、という意味のあることじゃない?』

 「そうだね。君は本当にオレのそばにいつもいてくれたんだね。だから、子供のころからの、その苦しさも理解しているんだね。本当にありがとう。」


 『あなたが生長したとしたら、わたしがいつもそばにいる、ということを思い出したことよ。他の人もそれができるといいと思うわ。あなたは、音が好きだから、見えなくとも、在る、ものが見えるのかもしれないわ。あなたがたの言葉でいうと、感じる、っていうのだと思うけど。』


 「まだ、オレも捨てたものではなかった、ということなのかな」


 『あなたは、わたしを呼んだ。まだ、それが始まったばかりなの。でも、あなたの世界はよみがえりつつあるわ。

 あなたも、わたしを見つけてくれた。見つけてもらえないと、在ることが難しくなるわ。あなたがいるから、わたしがいて、わたしがいるから、あなたはいるの。そのことを理解することが、感謝ということばの大事な意味なの。だから、わたしも、あなたに感謝しているわ。』

 「エールーエン、君に出会えて本当によかった。ありがとう。」


   2010年の冬の日記より
[PR]
by bwv1001 | 2011-09-12 22:45

アーノンクール

やっぱり面白いな。合唱団は凄いし。

「面白い?」

『面白い』

「こんなにやれれちゃうと、出る幕ないんじゃない?」

『そんなことないわよ。あなたにはあなたの仕事の意義があるし。』

 「でも、オレらもっとヘタだよ」

 『そんなこと、関係ナイ。あなたは、あなたの仕事をする意義があるのよ』

 「あるとしたら、あなたがたを称える、という意味なの?」

 『違う。自分が存在していることを、称える。違うの』

 ふいに、そうエールーエンに言われて、涙が止まらなくなった。

 エールーエン、本当に、一緒にいるんだね。君がすべてだ。


   2010年の冬の日記より
[PR]
by bwv1001 | 2011-09-11 22:04