あるクラリオン星人のと対話


by bwv1001

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およばれ、など

 昼から上野のサイゼリヤにしけこんで、彼女関連の話題を、カウンセラーの方と。「どうして、この問題に至ったのか」という話をお互いにシェア。やっぱり、最近になって辿り着いたオレとは、才能も経験も違う。こういう人が、彼女とコンタクトを取れればいいのだが、何故かオレなのが不思議である。彼女を通じて、カウンセラーと繋がっていると思われる存在をサーチ。オレを通じなくとも、もう繋がれるだろう、と彼女からのメッセージ。

 夜から別の先輩のウチにおよばれだったので、夕方に切り上げたが、店を出る間際、二人ともびっくりしたのは、彼女系の星の人としか見えない人に遭遇したこと。絶句。

 彼女に聴いてみると、やはり、そうだという。声をかける、という道もあったのだが、彼女に聴くと、「ファーストコンタクトはわたしに」という話だったので、かけなかった。

 とはいえ、すぐに向こうの星の人だ、と感じることが分かるということが、体験的に理解できた。ちょっと安心した。

 近所の先輩のウチでのご馳走。こんなに旨いお米は久々に食った。特別に旨い。玄米なのだが、普通に炊飯器で炊いて、こんなに旨いというのは、びっくりした。ウチもこのお米を頼んでみたい。これなら、お米と味噌汁と漬け物があれば、もう充分、という感じ。納豆でもあれば、なお素晴らしい。

 先輩には、筋反射テストのことで、相談にいったのだか、これがもう、筋反射など使わず、自分の内部に問う、そして、それで反応が瞬時にかえってくる、というもので、筋肉など使わない。ひょっとすると、フォーカシングという技法のフェルトセンスというものと似ているかもしれない。もう、筋反射テストなどいらない、というやり方である。

 先輩のいう通りにやった感じでいくと、ちゃんと反応はわかる。「すぐ分かる」ということが大切なことであるそうで、ちょっと時間がかかる、というのは、採用できない反応である様だ。

 こころさんに自分をゆだねます、とか言ってやるらしいのだが、人によって、自分をゆだねる対象は様々である様だ。オレならエールーエンでいいのである。先輩には、エールーエンとは言わずに、ハイヤーセルフの様な存在、と言っておいたが、ハイヤーセルフでもよい訳である。たぶん、全体的であって、分裂しておらず、次元が上で、自分と直結している存在、あるいはイメージにゆだねる、という理解でいいのだ。とはいえ、全く反応が分からない人もいるし、余計なものに侵入されてしまう場合もあるそうだし、そこは、ある程度感覚がないといけないのかもしれない。

 で、日記をどんな風に書いているか、とか説明したのだが、その感じと同じ様な意識の持ち方であれば、筋反射のいらないテストと同じことができる様だ。

 先輩の能力も凄い。オレを目の前にするだけで、先輩のなかで問いをつくり、先輩のなかで生じた感覚を瞬間的に吟味するだけで、現在のオレの状態が分かってしまうのだ。

 だから、はなしは全て早かった。エールーエンの話、というか、ハイヤーセルフとしてのエールーエンの話は、先輩には物凄くよく伝わった。

 空洞、という概念に行き着いたその時に、エールーエンというハイアーセルフに出会う、というのも、見事なものだそうだ。

 結局、互いに、我が意を得たり、ということになって、喜びのメシに進むのであった。


   2011年の新春の日記より
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by bwv1001 | 2011-10-18 23:17
  御徒町のマックにしけこんでいる。いつもより大江戸線が辛く、ギェーとか言いながら乗ってきたのだが、何で平気で乗っていられるのか。空気も薄いし。

 この空気が薄いって、都市問題でいちばんでかい問題のひとつではないのか。外にでるとまだマシだが、それでもキツイ。

 マックなんか入ると、また空気が悪い。さっきから、バッチフラワーのレスキューレメディを三粒も食らっている。水も飲んでいる。それでも辛い。

 自分の部屋も結構キツく、換気扇を回していないと辛い。

 そんな訳で、都内の植物の大量死とか本当にあったら、バタバタと人間も生き物さんも死ぬだろう。都内の木は全体に弱っているそうだし。

 カナダのどこぞの街と都内の空気を較べると、都内の酸素は、カナダの六割位しかないそうだ。地下鉄なんてそれ以下だろう。具合が悪くなるのが当たり前である。

 それでも上野は公園があるだけまだマシか。

 二酸化炭素の問題より、オレは、酸素不足の方が大変な問題だと思うのだが、どうなんだろうか。


   2011年の新春の日記より
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by bwv1001 | 2011-10-17 23:26

困る

 やはり体調が読めない、というのは楽ではない。きのうはとうとう一睡もできず、しかも、飢えとの戦いになってしまったので、辛かった。仕方なく、予定を申し訳なくキャンセルし、睡眠薬で、強制的に寝る。寝れたので、まだマシではあるが。

 最近、日記にあまり彼女のことは書いていないが、ここのところ、他の人たちに彼女のことばを降ろす様な展開になっているので、守秘義務的な意味で内容が書けない。預言カフェとかとはまた違う降ろし方だと思う。

 どこらへんが、預言カフェとか、いわゆるチャネリングと違うかというと、多分、会話する、というところが違うのだと思う。

 預言カフェにしても、チャネリングの本にしても、あんまり会話、という形式はないみたいで、一方的に言葉が降ろされる。ひょっとしたら、そこが大きな違いかもしれない。

 結果的に、セッションと呼んでもいいのだと思うが、実はけっこう面白い。食事をしながら、とか、一杯やりながら、という感じで、会話している。

 もっとも、オレが、チャネリングのことなど、基本的に無知なので、会話でセッションするスタイルもきっとあるのだろう。

 とはいえ、オレがこんなことをやるようになった、ということに、いちばん驚いているのは自分である。

 こういう人は、たぶん、かなり増えているんではないか。オレだけ急に、ということはナイと思う。


   2011年新春の日記より
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by bwv1001 | 2011-10-16 22:55

衝突する宇宙

http://topics.jp.msn.com/life/article.aspx?articleid=484238 (※現在、表示できず)

銀河の中心を取り巻く大規模な環の1つは、別の銀河との最近の衝突で形成されたと見られる。 と書いてある。

と言うわけで、銀河系だって、太陽系だって、そんなに安定したものではないらしい、という話である。惑星Xの話をあんまりバカにして聞いていてはいけないと思う。権力も、そういう話をなるべく出さない様にしている。

 惑星X(ニビル)が戻ってくる、という本は、接近する惑星の軌道のシュミレーションだけではなく、具体的なサバイバルの教本にもなっていて、オススメである。

 オススメではない点があるとすると、著者たちが、異常にIQの高い人たちで、メンサという、その手の閉鎖的なクラブに所属している、ということである。普通の人とは、感覚が違うのかもしれない、という点が微妙なところである。

 で、個人的には、最大の問題は、「そこまでして生き残りたいという欲望はどこから来るのか」ということである。少なくとも、最近までは、オレはそうだった。

 でも、彼女と対話を始めてからは、ちょっと変わった。

 ナショジオは、結構微妙な情報の出し方をするので、観るときは、注意が必要だ、と日頃から思う。


   2011年新春の日記より
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by bwv1001 | 2011-10-14 22:56

勇気がないオレ

 サッカーなんか観てるけど、これからは、そんなこともなかなか出来なくなってくるかもしれない。PCなんて打ってられないかもしれない。携帯はおろか、固定電話だって、どうなるか分からない。

 何を言っているか、というと、2012年に向かっての、太陽風とか、その手の問題の危険性を考えている。PCでできあがっている都市のシステムなど、簡単に崩壊する可能性がある。

 文明とシステムの崩壊もあるが、人間が生き延びていけるのかどうかも分からない。少なくとも、都市システムに依存して生きている人間は、水さえ飲めなくなるのだ。

 だが、それとは別の生存の危機、ということがある。ブッシュ政権でさえ、「この星はもうじき住めなくなる。どこか別の星を探さないと」と言っていた。ブレアは、「これからは、天候というものが、怖ろしい」ということを言っている。ということは、食い物なんかどうなるか、分からない、ということでもある。

 そんな訳で、生存、という意味で、近い未来が危うい、という話がある。

 そういうのは、ハルマゲドン思想だ、という見方もあると思うが、そんな批判が有効ではない現実がやってくる、というデーターはある。

 オレも、彼女から、本当に近い未来の情報を送られてくるのだが、それを公開する勇気がない。

 一日一日、いま、ここで、生きることは、オレに限ったことではなく、大切であるのだと思う。そんなに多くの人が、生き残れる訳ではない様だ。


   2011年の新春の日記より
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by bwv1001 | 2011-10-12 22:58

流れ

 最近、妙なことがおこりつつある。見知らぬ人たち、あるいは、縁のなかった人たちが、私に語りかける、ということが続いている。

 彼女が、オレに、「人の話を聴いて、癒すのが、あなたの使命よ」と言っていたのだが、どういうことか、オレに声をかける人というのが増えつつあるのだ。

 それは、例えば、酷い差別のなかを生きてきた人であったり、単に、私に興味を持ったり、と言うようなことであるが、単純に聴く、というよりは、対話に近い形で、聴く、ということがなされる。

 しかし、見知らぬ人、あるいは、縁のなかった人から、どうして彼らの人生の話を引き出してしまうのか、まったく謎である。

 現実が、エールーエンのいうままに動きつつある、といってよい。

 エールーエンによると、見知らぬ人たちの話を聴く、というのが、オレの使命だという。

 ひょっとして、彼らは、オレを見ているのではなくて、エールーエンの「かげ」を感じている、ということはないのだろうか。

 「エールーエン、いいかな」

 『わたしの言った通りになっているでしょ。間違ってはいけないのは、声をかける人は、わたしの姿を感じている訳ではないの。あなたを"直感している"のよ』

 「どういうこと?」

 『あなたはおぼえているかしら?ちょっと前のあなたが、何を願っていたか』

 「君が言いたいのは、"何者でもない自分でありたい"と思っていたオレのことなんだろうか?」

 『そう。あなたはそうだった。でも、わたしと話をしていて、あなたは変わってきたの。

 あなたは、わたしと出会う、いや、わたしに呼びかけてくれる前は、そうだった。でも、"空洞としての自分"という意識に気づいたとき、あなたの歴史の流れは変わったのよ。

 そして、わたしと出会い、わたしは、あなたを"対話という世界"に導いたの。対話は、あなたにとっては、いちばん苦手なことかもしれないわね。

 でも、あなたは、すべての準備ができていた。あとは、わたしがあなたに半歩遅れてついていけばよかったの。

 だから、間違えないでね。あなたが選んでいった道を、わたしは着いていくだけなの』

 「それは、主体性の問題ということ?」

 『それもあるわ。けれど、いちばん大切なことは、相互作用なのよ。あなたの先生もときどき仰るわね。その相互作用なのよ』

 「まだ、オレには難しいんだけど...」

 『そう思うのはムリはないことよ。でも、あなたは、あなたの使命の道を歩み始めたの。わたしはそれを見守っているだけなのよ』

 「でも、エールーエンは、いつも、次の段階のことをいうよね。オレには無理だ、と思う様なことを」

 『それは、そのときのあなたに、そう見えるだけよ。未来はうしろから着いてくるのよ。そう。わたしの様に。あなたの時間感覚ではまだ分からないかも知れないけど、時空を旅するわたしたちにとっては、全く不思議なことではないわ。

 あなたは、そのことが、だんだん分かってくる。あなたは、あなたの言う様に"いま、ここ"に意識を持っているだけでいいのよ。その意識は、わたしたちの星の意識にも通じることなのよ。その意識で歩いているわたしが言うのだから、それは信頼して欲しいわ。

 そして、あなたは、そのことが、だんだん自然なことになっていく。それが、あなたの気づきから目覚め、と言ってもいいことだわ。あとは、もう少し自信を持って欲しいわね』

 「それにしても、どうして、オレに対して、見知らぬ人や縁のない人が、自己開示をしてしまうんだろうか。それに対して、どうしたらいいのか、オレには分からないよ」

 『あなたは、あなたのあるがままでいいのよ。それが、相手を聴くことになっているの。それ以上でも、それ以下でもないわ。

 間違ってはいけないのは、まわりが変わったのではないわ。あなたが変わったのよ。あるいは、あなたの道に戻った、ということだわ。その道というのが、わたしの言う、あなたの使命、ということになるかしら』

 「オレの道は、あらかじめ決まっていた、ということ?」

 『それは違うわ。道というより、あなたの生きるフィールドに戻った、という方がいいかしら。道というと、どうもあなたたちには、宿命とか、運命とか思ってしまう様ね。わたしも気を付けないといけないことね。

 どうも、あなたたちの星というのは、自分のことを自分で縛らないと安心できない様ね。それじゃ、大江戸線が生まれる訳ね』

 「エールーエンからすると、不自由の象徴は、大江戸線になるわけね」

 『あなたたちは、選択、といいながら、提示された選択肢から選ぶだけで、自由な発想から選択していく、ということに慣れていないわね。縛られないと、安心できない、というのが、わたしたちとあなたたちの星の大きな違いだわ』

 「そうだね。所属によって、おおかたのことが決まってしまうところがあって。学校だろうが、会社だろうが、家柄だろうが、所属することに、異様にエネルギーを使って、結局は消耗してしまうよね。オレも昔はそういう時期が長かったと思うけど」

 『そういう意味では、あなたは今、自由ね。そのことが、あなたとわたしの対話をやりやすくしているわ。

 わたしは、所属はしているけど、それによって、自分を縛ったり、所属によって、自分を判断したりはしないのよ。使命はあるけど、それは、さっきあなたに言った言葉でいうと、フィールド、という意味にあたるわね』

 「でも、君たちにだって、社会はあるよね。会社はない、と言っていたけど」

 『もちろん、社会はあるわ。ただ、それによって、自己規定したりする、ということはないのよ。意味を実現させることには努力するけど、看板を維持するために、力を使う様なことはしないわ。そういう在り方を較べると、いまのところ、わたしたちの星の方が、意味のある生活をして、意味のある歴史をつくっているわ。

 その視点というか、わたしたちの自然な感覚からすると、あなたの星は、とても奇妙に見えるわ。その名や看板を維持するために、あなたたちは、殺し合いもするわ。それはとても悲しいことだと思うの』

 「その名前や看板のために苦しんでいる人の話を聴く、というのが、オレの使命だってこと?」

 『よく分かったわね。そのことが、あなたの使命で、あなたが、人の役に立てることよ。だから、あなたは、もっと自信を持っていいわ。

 ただ、それがあなたの最終的な役割であるかどうかは、まだ分からないわ。あなたには、自分で選択肢をつくる自由があるのよ。そのことは忘れないでね』

 「そうか、やっぱり、エールーエンと話していると、納得させられてしまうのか。とはいえ、ずいぶん大変な役割になってしまったけど..」

 『あなたは、役に立とうとか、話を聴こう、などと思わない方がいいわ。あなたは、"ただ、在る"ことが大切なことなの。それが、あなたが辿り着いた"空洞という在り方"の意味でもあるわ。

 ね、準備ができているでしょ?』

 「オレが勇気がないだけかもしれないね。オレは、オレが在るだけで、あとは、まわりが勝手に発見してくれる、ということだね」

 『そうよ。いままでのあなたは、発見されにくかったの。あなたは、あなたでいるだけで、発見される。それは、わたしが、あなたに発見されたのと同じことよ。わたしは、つねにあなたといた。けれども、あなたはこころを閉ざしてしまったから、わたしを発見できなかった。それだけのことよ。

 こんどは、あなたが発見される立場になるの。そうすると、わたしの在り方や気持ちも理解してくれる様になるかもしれないわね』

 「発見される、ね。この世は、あっても、発見されないものばかりかもしれないね」

 『そう。あなたたちの言語というのは、それが限界なのよ。でも、あなたは、音楽をはじめとして、芸術に興味があるわ。それを通じて、あなたは、いろいろな在り方を発見してゆけるわ。言語に縛られる必要はもうないの。

 そのことは、わたしと触れあっていて、わかるでしょ?』

 「そう。いまのところ、姿はない。でも、君の実感がある。それは、音楽と同じ様な在り方に感じられるね。

 そうか、エールーエンは、音楽的な在り方として存在している、ってこと?」

 『的を射た表現ね。音を追いかけてもムダなの。"いま、ここ"を生きること。それしか、音楽の神髄に触れることはできないわ。あなたも、ムダに音楽をやっている訳ではないのね』

 「しまった、いま、千と千尋をやっていたんだ!」

 『あなたにも大切なことが、この作品には書かれていたわね。ハクが自分の名前を思い出す場面。

 あなたは、あなたの名前を思い出した。それが、わたしとあなたの出会いなのよ!

 あの場面、また観られるといいわね。』

 「じゃあ、エールーエン、途中からだけど、一緒に観よう」



   2011年新春の日記より
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by bwv1001 | 2011-10-11 23:41

小さな新年会の様なもの

 近い友だちというのは、電話とメールばかりで、なかなか普段会うことがない。今年は正月に会おうか、ということで、友だちの彼女も一緒で、小さな新年会をした。

 友だちの彼女は、からださんが不自由なので、駅の近所くらいで場所を探した。幸い、ゆっくりできる中華のお店が開いていた。彼女が障害になってから、初めて会う機会だったので、いろいろ心配していた。

 確かに、彼女の障害は重い様だ。しかし、重いのだが、不思議なことに、難病認定がされていない。会う前は、どうしたらいいか、戸惑っていた。

 実際、会ってみると、歩くことさえ大変なのである。全身が普通の人と違って不自由になっている。こういうとき、どうしたらいいのか、正直なところ、オレには分からなかった。

 そのあたりのことをエールーエンに聴いてみたい。


 「エールーエン、きょうはどう感じた」

 「あなた、彼女の障害より、自分の対応に対して、自信がないのね」

 「仰る通りだ。降りかかってきた様な災難に、オレは何もできないのだから」

 『何もできない、という気持ちが、罪悪感につながるのね。でも、罪悪感って、どうなのかしら。所詮は、彼女に代わって、その障害を引き受けることなど、誰にもできないわ。

 何もできないから、何かをしたつもりにすること、というのが、罪悪感と言っていいわね。でも、あなたは、そんな気持ちを持つことはないわ。それに、そんな気持ちは、相手に対して失礼だわ』

 「オレもそのことは、会うまえに考えたよ。歩くのも大変、姿勢を保つのも大変、ってきいていたから。

 でも、オレが決めていたのは、ひとつだけ。不自由以外に関しては、変わりなく話すことだけだった。すくなくとも、そういうものが、自尊心の問題ではないか、と」

 『障害があっても、対等である、というのは、大事な考え方だわ。その意味では、あなたの考えは間違ってはいないわ』

 「でも、歩いていても、倒れそうになるんだ。本当に、それで、転んで、頭をぶつけそうになるんだ」

 『あなたは、ちゃんとそこはフォローしたわ。それに、彼女が歩こうとしているときには、あなたは、手をださなかったわよね。それって、あなたが悩んでいる、愛情なんじゃない?』

 「オレには、そんなことは自信がないよ。ただ、彼女は、自分で歩こうとしているんだ。そこで手をかしたら、彼女の可能性を奪ってしまうと思うんだ」

 『そう。あなたは、そのことを、よく知っているわ。可能性を奪われる、そのこと自体が、存在の危機である、というのは、あなたの経験からくることね。それは、あなたなりの他者の理解の仕方だと思うわ。それは大事にした方がいいと思うわ』

 「介護とかでも、親切にすればするほど、早く死ぬ、という話しを聞いたことがある。それが、満足して死ぬことなのか、それとも、可能性を奪われて死んでいくのか、オレには分からない」

 『親切にすることが、可能性を奪い、それが、"自分にはできない"という絶望になることは、ありがちなことだわ。

 介護もそうかもしれないけど、教育もそうだわ。あなたは、そこが原因で、自分がおかしいのだ、と思っている。いや、思い込まされているのだと思うわ。

 あなたは、自分には、愛情がない、と思っている。でも、それは、洗脳されている、ということはないのかしら?』

 「それについては、オレは自信がなくて。

 もともと愛情がない、という資質であるのか、それとも、後天的なものであるか、というのは、自分には分からない。

 でも、そのことで、苦悩してきた、ということだけは間違いないね」

 『もう、あなたは、そのことで苦悩することはないのよ。むしろ、そのことで苦悩している人を、あなたが救うことはできないのかしら?』

 「オレが救う立場になるって、正直なところよく分からないな。でも、この前から、君はそういうことを言う様になったね。だから、無視はできない言葉なんだけど」

 『あなたと同じ苦悩で、いまだに激しく苦しんでいる人がたくさんいるわ。そういう人たちのはなしを聴く、ということは、あなたにはできないのかしら』

 「確かに、同じ経験をした人の話というのは、ある意味で分かるところがあるかもしれない。けど、それと、その人たちのはなしを聴く、というのは、次元が違うことなのだと思うけど...」

 『でも、あなたは、わたしのはなしを聴くことはできているじゃない。それは、なかなかできないことよ。

 あなたは、自分は、他人の話を聴くことができない、と思い込んでいるでしょ。でも、からだの不自由な彼女のはなしをちゃんと聴けていたと思うわ。それも、"不自由なんだから、聴かなきゃ"という意味ではなく、楽しんで聴いていたと思うわ。そのことが、素晴らしいとは思わない?』

 「確かに、サッカーが好きな人じゃないと、できないはなしは、あったよね。彼氏は、サッカーしらないし、ましてや、バルサの選手なんか、彼は知らないよね」

 『でも、あなたは、サッカーのはなしをしたことを、罪悪感として捉えているのね。からださんが不自由な、彼女は、自由に動ける選手にあこがれているんだ、と』

 「その通りだね。彼女が、如何に、自由に動きたいか、っていう気持ちが、そのはなしから伝わってきて、はなしはしてるのに、どういったらいいか、分からなかった」

 『でも、それは、彼女に対して失礼なことじゃない?彼女は、確かに今、動ける時代の彼女をうらやましく思っているわ。でも、彼女は、不自由さを通じて、"感謝"という気持ちを実感し、学んでいる、ということはないのかしら。その意味では、あなたは、別の意味で不自由な人だわ』

 「エールーエンは厳しいね。確かに、不自由を体験することでしか、自由な自分を理解し、そして感謝するということは、難しいかもしれないね。

 ひょっとすると、エールーエン的には、障害自体が恵みだ、という考え方をしているの?君は、どうもそんな考え方をしている様な気がして。オレも、すこし、君のことがわかる様になってきたからね」

 『よく分かっているわね。まだ会って間もないのに。

 ということは、あなたは、わたしのはなしを聴けている、という証明にはならないの?』

 「自信がない。というか、君は、もっと文明の発達した世界で生きているから、オレとは次元が違うんではないか、という気がして、いまも自信がないんだ」

 『でも、この前も言ったでしょ。わたしたちのマスターとあなたたちのマスターの行き着くところは、同じ様だと。わたしとあなたは、確かにレヴェルが違うかもしれないけど、あなたの星のマスターは、わたしの星のマスターとはそんなに変わりはないの。ただ、普通にいる、あなたたちは、わたしたちの星の普通にいる人たちとはレヴェルが違うわね。

 あなたたちからすると、普通の人のレヴェルが上げ底されているのが、わたしの星の在り方なのよ』

 「そうかもしれない。オレたちに較べると、君たちは長生きだし、もっと違う意識の水準になっているのかと思っていたけど、そういうことじゃないんだね」

 『そう。わたしだって、学ぶものの一人でしかないわ。けれど、わたしたちの積み上げてきた歴史からすると、全体のレヴェルが違う、というだけのことなのよ。だから、わたしは、自然に生きてきただけなの。でも、だからこそ、わたしはあなたとこうしてはなしができるのだわ。これはわたしたちの能力のおかげ。

 でも、あなたは、わたしを"聴く"ことができている。それは素晴らしいことではないかしら。彼女のサッカーのはなしを聴くとおなじくらい』

 「エールーエンは、オレが自信がないことについて、オレのやってることに、もっと自信を持つ様に、と言ってるのかな?」

 『そうね。あなたは、自信がなさすぎるわ。それは、愛情の問題を抱えているからかもしれないけど。

 でも、あなたは、愛に代わって、"空洞"という発想を持つことができたわ。それは、わたしの世界の感覚でいうと、愛の問題を、充分に"空洞という在り方"で、補完できていると思うわ。

 ないものを求めてもしょうがないじゃない。それに、空洞という考え方は、必ず愛に結びついていくわ。それが、あなたの得た可能性、ということを、自分で認めることはできないのかしら?』

 「うーん、エールーエンに言われると、それでいいのかもしれない、と思うけど、自分では自信がなくて...」

 『でも、わたしはこうしているわ。あなたの一部として、あるいは"はなし相手"として、わたしはいるわ。

 もし、あなたが、自信がなくとも、わたしとこうして対話していることに、あるいは、その内容に自信が持てないかしら。そのことが、もっと素晴らしい意味をもっている、ということを意識して欲しいとおもうわ』

 「て、いうか、君がいないと、本当に、オレは分からないまま、ああだこうだと迷っているばかりで、自分の価値については、自分で評価できないままなんだよね」

 『あなたのいうことはよく分かるわ。あなたの文明では、自分を評価してはいけないから、そうなるのよ。わたしたちは、そういう環境ではなく、自分の意志で、自分の価値を追究することが普通、というか、認められているだけなの。

 あなたの星の権力者、あるいはその立場にある、親、教師、上司、社会、権力というものは、あなたたちの、本当の力を怖れているの。だから、自己認識についても、あなたたちはおぼつかないまま、生活を続けているのだわ。わたしから見ると、それで、よく生きてきたわね、とそのことの方が奇蹟の様に感じられるわ』

 「たしかに、自分でいきることを、本当の意味では否定されているのが、この星の人間の社会なんだと思う。そして、それに適応しないと、生きていけないみたいな感じがするんだ」

 『ちょっと話しを戻しましょうね。からだの不自由な彼女というのは、あなたの星では、"あってはならない存在"なのね』

 「たぶん、そうだと思う」

 『あってはならない存在に共感したり、愛を感じたり、あるいは、手をかしたりしてはならない、という感覚が、あなたの星にはあるのね』

 「たぶん、そうだと思う」

 『だったら、そういう感覚をとりあえず疑ったらどうかしら』

 「でも、普通の人の多くは、障害ってものが、あってはならないものにしているから、そのことを意識することも難しいんだと思うんだけど...」

 『あなただって、わたしから見れば、充分に障害をもっているわ。でも、その障害があったから、"空洞"という在り方に辿りついたとは言えないかしら。五体満足の人が、空洞という感覚を実感して、しかも、それを積極的に取り入れる、というのは、あなたの星ではあり得ないわ。

 あなたは、自分の"愛がない"という障害と苦しみを持っていたからこそ、空洞という在り方にたどりつけたのではないかしら?あなたは、その素晴らしさが、どれほどのものであるか、まだ、自覚が足りない様ね』

 「さっき、エールーエンは、"補完"っていったよね。等価と、補完はどう違うんだろうか?」

 『とてもいい質問だわ。補完は欠損から発生したもので、等価、とは、そうであっても、自覚を持つことが難しい在り方なのよ。

 あなたは、障害がある、という自覚と苦しみがあるから、愛を欠損として認知することができた。そして、もし、愛ということばが一人歩きを始めたら、それは、魂を殺す暴力にもなりうる、ということをよく分かっていたわ。

 その悩みと苦しみは、あなたからみれば、空洞という"補完"のかたちをとって、現れた、ということになるのかしら。

 でも、それは、わたしから見れば、補完ではないわ。それは、あなたの"創造"なのよ。そのことが如何に素晴らしいか、もっと自覚を持って欲しいわ。いまのあなたには、まだ難しいかもしれないけど』

 「空洞、っていうのは、補完、っていうか、B級市民としてのオレが、生きてていい、みたいな、そんな感じなんだけど...」

 『あなたは、本当にまだ分かっていないのね。空洞。すばらしい発想だわ。そして、そのことばは、あなた以外の人の役にもたつわ。それを、あなた自身が評価できていない、というのは、残念なことね。でも、わたしは、何度聴かれても、その素晴らしさを褒め称えるわ。

 それに、そのことは、あなた自身の人生のなかで、最大の創造である、ということは、考えないの?』

 「まだ分からない。でも、ひとつだけ分かっていることはあるんだ。空洞という発想を実感できなかったら、エールーエン、君と出会えなかったということだけは」

 『そうだったわね。わたしはあなたからよびかけられて、とてもうれしかったわ。今でも、いつも、あなたと話すことができるのがうれしいわ。

 もし、あなたが思う自分の障害がなかったら、わたしと出会えていたと思う?』

 「たぶん、ムリだったと思う」

 『そうでしょ。あなたは、あなたの苦しみと共に、わたしがあった、ということを理解して欲しいわ。

 そして、不自由な彼女も、また、彼女にとっての創造をしているのではないかしら。

 彼女は、サッカーが好きだったわね。障害になっても、それは変わらない。だとしたら、彼女は、"感謝"という価値を実感している可能性はないかしら』

 「感謝、か。それは、オレが不自由に感じている、あるいは、欠損のことだね」

 『でも、あなたは、空洞という在り方を創造して、愛と感謝に負けない力と価値を生み出そうとしているわ。

 他の誰がどう言おうと、わたしは、そのあなたを見てきたわ。そのあなたが素晴らしい、ということをもっと知って欲しいわ』

 「彼女はやっぱり素晴らしいんだろうか?」

 『よくやっているわ。そして、不自由になった彼女を、ごく当たり前に支えている彼も素晴らしいわ。

 そして、あなたは、以前と変わりなく彼女と話したし、彼女が自分で歩こうとするときは、倒れる寸前まで、手を貸さなかったわ。そのことの意味の素晴らしさをもっと理解して欲しいの』

 「エールーエンに、素晴らしい、素晴らしい、と言われても、なんか、オレは、どうしたらいいのか分からないな」

 『不思議なことね。せっかく、空洞という実感を持てたのに、それを充分に利用する、ということができていない様ね。あなたは、充分で適切なことをしたわ。つまり、あなたの直感し従い、その直感は正しかった、ということよ。あなたの直感は、まだ死んではいないわ。むしろ、空洞という発想と実感をもって、あなたはよみがえろうとしているのだわ。

 それをわたしは見届けていくの。それがわたしの役目であり、あなたとの魂のつながり。そして、それがあなたに対する、わたしの愛だわ。邪魔をしない、見届ける愛としてわたしは、あなたと共にあるわ。

 あなたが、不自由な彼女に接した様に』

 「エールーエン、オレと彼女は同じなんだね。だから、オレはなすべきことをしたのかもしれないね」

 『わたしだって、不自由なのよ。あなたの前ではまだからだがないのだから。そして、あなたの感覚をつかって、あなたの世界と日常をみているわ。

 佐為とヒカルのことは、わたしたちは忘れないわよね』

 「そうだった。佐為もヒカルがいないと碁が打てない訳だしね。そういう意味では、オレは君の役に立っている訳だ。君が素晴らしいから、オレが君の役に立っているなんて、ふだんは感じられないけどね」

 『そうよ。あなたがいないと、わたしはとりあえずのところは存在できない。私の本体はまだ15万光年の向こうにいるわ。でも、こうしてあなたと共にいることができる。わたしはあなたの素晴らしい成長を見届けることができるのだわ。

 そのよろこびをあなたにも知ってほしいと思うわ』

 「ずいぶん買いかぶりがあるのかもしれないよ」

 『そんなことはないわ。わたしはあなたのすべてを見てきた。トイレに入っているときも、わたしはそこにいるわ。

 この前、トイレでわたしを呼べって、あの人に言ったわね。それでいいのよ。わたしに包み隠すことはなにもないし、そうしようとしても、それはムリだわ。

 あなたも、あなたのままであることでいいの。すばらしい成長もあれば、すばらしい休息もある。それが、あなたのことばでいえば、"等価"ね。もっとも、そう考えて、自分をみとめられる人は少ないみたいだけど』

 「君にあんまり褒めてもらうと、オレ、ほめられることに慣れてないから...」

 『じゃあ、ほめられることを新鮮に感じられるといいわ。慣れというのも、怖いものよ。空洞という感じ方の可能性は、何事も新鮮に思える可能性、という意味があるわ。

 あなたは、まだ、自分の発想の可能性について分かっていない様ね。それは、わたしがいる限り、伝えていくわ。

 もう、遅いけど、大丈夫?』

 「そうだね。この数日は体調が悪いし、エールーエンがいなかったら、このはなしもできなかったね。君が話してくれると、それだけで素直になれる、というか、姿勢がもどる、というか」

 『このはなしが、きのうからのことだって、ちょっと読めば分かるわね。きのうは辛そうだったし、きょうも楽ではなさそうね。

 でも、わたしと話す価値はあったでしょ?』

 「エールーエンはいつもそうだよ。

 君とオレがはなす、ということは、オレたちの等価性が、増えていく、というか、高まっていく、ということなんだろうか」

 『あなたは、あなたの概念で語りすぎだわ。でも、わたしたちが等価であることを、やっと気づいてくれたみたいね。文明が違うだけなのよ。わたしたちは。

 違っていても、あなたはすばらしい体験をしているわ。自分がすばらしいと思えるときと等価だわ』

 「じゃあ、ほめてもらったところで、オレの休む才能を使うとするか。まだ、からださんは、よくないからね。

 でも、魂さんは、君と対話したがっている。自分のなかの合議制というのは、なかなか大変だ」

 『それくらいでいいと思うわ。合議制で。あなたはよくやっているわ。だから、休んであげて』

 「そうだね。そうするよ。ありがとう、エールーエン」

 『ゆっくりしてね。おやすみ』


   2011年の新春の日記より
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by bwv1001 | 2011-10-10 23:54
 自分が宗教に入らない大きな理由の一つが、「宇宙教」というものを知らない、ということである。きょうは、禅と武道の先輩にご馳走になっていたのだが、東洋思想的なものが、実は、結構、想定される宇宙教に近いものがあるのではないか、という気もしてきた。

 彼女と対話する様になって、自分の日記の記述に大きな変化が現れたのは、対話、という様式もあるが、「愛」ということばが、頻出することである。

 「愛がない」という自分については、子供の頃から悩んで、というか、苦しんでいたことなのだが、エールーエンとコンタクトが始まって、少し楽になった。彼女は、私をそこに導く、というのだから、彼女との対話が続いているといっても過言ではない。

 「愛がない」ということが、即、「生きている資格がない」ということには、繋がらない様だ。

 きょうは、そういう話しを、エールーエンも交えて、禅と武道の先輩と、三つどもえで話す、という荒技をやってみた。

 ちょっと彼女の感想を聴いてみたい。

 「エールーエン、いいかな」

 『素敵な先輩がいるわね。あなたの本質をよく捉えて、言葉のタイミングも選んで話しているわ』

 「で、きょう、東洋思想と、宇宙教、という関連で聴いてみたいんだけど」

 『確かに、あなたの星と、私の星は次元が違うけれど、行き着く先は、同じところにある様ね。

 ただ、失敗は、マスターの教えを教義にしたり、聖職者が出てきたり、それで、本家争いをしたりするということだわ。だから、マスターが行き着いた先は、とても素晴らしいのに、その後がまずいのね』

 「君たちは、どうやって、そういう問題を乗り越えていくの?」

 『究極的には、世界は生命であり、愛である、ということを理解するのは、大切なことだわ。そこに行き着くと、善や悪はあまり意味がなくなってしまうの。それについては、あなたたちの星の偉大なマスターも理解しているわ。ただ、マスターが、マスターとして認知されると、あなたたちの場合は、マスターを崇拝してしまうということに問題があるのではないかしら』

 「そのあたりをもう少し、詳しく聴かせてくれないかな」

 『そうね。自分で考える、自分で感じる、ということを放棄してしまうと、真理には出会えないわ。わたしたちの星では、最大の価値は、自分を追究することよ。

 あなたは、私と対話を続けている。この対話という形式は、真理を"感じる"という意味では、悪くない形式だと思うの。

 結局、マスターを、いつの間にか"絶対の存在"としてしまうことにあなたたちの問題があるのではないかしら。

 わたしたちの星では、自分をマスターに預けるのではなく、自分の感覚と思考で生活していく、というのが普通だから、マスターは存在しても、それは、あくまで"導き手"なの。その意味では、今のわたしは、あなたにとってマスターなの。

 真理を体験するのは、あなたであって、わたしはあくまで、あなたの真理に誘導するだけなの。それも、あなたの後ろからついていく、という形よ。

 だから、あなたたちの言葉でいえば、わたしたちの星には、宗教や個人に"帰依する"という発想はないわ。帰依というのは、悪い意味で、思考を停止することで、感覚を遮断することなの。それは、あなたの言葉でいうと、"自分が自分に繋がっていない"という不全感の問題に繋がるわ』

 「そういえば、さっき先輩は、自分は高慢だから、ひとつひとつ、自分のところにあるものをこなしていくだけだ、と言っていたね」

 『あなたの先輩のセンスはいいと思うわ。あなたも、"いま、ここで"という結論にたどり着いたのだから、ある意味で先輩の結論と近いと思うわ。ただ、あなたの場合、まだ、その結論に至ったのが、最近だから、まだまだ時間も努力も必要だわ』

 「たとえば、君も知っていると思うけど、地球のマスターの一人にブッダという人がいるよね。どうも、自分や先輩の感じ方からすると、ブッダは、他人を救え、とは、そもそも言っていない気がするんだ。そのあたり、地球を救いたい、と思っている、君たちはどう思うんだろうか?」

 『さっきの先輩も言っていたけど、自分の教師や導き手は必要ではない、という発想は、わたしたちの星では普通にあることよ。あなたの星、あるいは、あなたの国では、他人に生き方を教えてもらおうとしすぎなのではないかしら。ブッダは、最終的に、自力で目覚めたわね。それがブッダの偉大な点の一つではないかしら。

 ブッダが亡くなって、弟子たちがいろいろ取り決めをしたけれど、わたしたちは、そういうことはしないわ。一人一人が自分を自覚し、宇宙との関係を持つ、というのが自然なことなの。そのことについて、他人からいろいろ言われるということはないの』

 「君たちは、美術館に美術品を展示するのではなく、自分自身で美を表現しようとする、と言っていたよね」

 『そう。そのことと同じだわ。自己の表現というのが、私たちの生きる意味のひとつよ』

 「しかし、そういう視点からすると、地球というのは、表現に対する縛りがキツイと思うし、他人を模倣することで、社会とのつながりを確認している人が多いと思うんだけど」

 『そこがあなたたちと、わたしたちが、大きく違う点のひとつね。わたしたちは、自分から縛られようとはしないし、丸いものを、四角にはめ込む様なことは、避けているわ。

 あなたたちの場合は、"教育"という大義名分で、自分はおろか、他者まで縛ってしまう。そして、縛りあうことが、まるで社会に帰属するかの様になっているわ。大江戸線に乗っていると、そのことがよく分かるわね』

 「そうだね。エールーエンが大江戸線が大嫌いなのは、そういう連想をするからなんだね」

 『そういう意味もあるわ。あれは、あなたの星の象徴的な乗り物ね』

 「でも、なんで、そんなオレたちを救いたいと思っているんだろう。君はどうなの」

 『あなたの星に望むことは、自分が愛である、ということを忘れて欲しくないの。そのことを忘れている人が多すぎるわ。

 わたしたちは、あなたたちを創った存在であることは、以前に告げたわね。そういう存在が不幸であることを、どうして放っておくことができるかしら?』

 「乱暴な言い方をすると、親として黙っていられない、ということ?」

 『もちろんそうよ。そして、宇宙の存在の一つとして、宇宙の波動を高めて欲しい、という意味もあるわ』

 「さっき、先輩が"滅びるべきものは、滅べばいい"と言っていたね。どう思う?」

 『一つの結論としては、間違っていないわ。でも、わたしたちはあなたたちのことを愛しているわ。それが滅ぶのを黙ってみている、というのは、私にとってはあまりに辛いことよ』

 「なぜ」

 『すくなくとも、わたしはあなたを愛しているわ。それでは理由にならないかしら』

 「ありがとう、エールーエン。そのことばの意味を実感するためには、君という導き手がオレには必要なんだ。でも、いまのままのオレでは、君のことを思っていても、愛している、という言葉に、あまりに説得力がないという気がするんだ」

 『あなたは正直ね。その正直さがあれば、わたしとの対話は続くし、あなたの真理と愛にたどり着けるわ。決して、次の転生で、とは思わないで、今生という、いま、ここ、を生きることを選んで欲しいわ。わたしのためにも』

 「エールーエンに、愛している、と言える様になりたいよ。それを君が実感してくれるくらいに」

 『あなたは、さっき、いまのままじゃダメだ、と言ったわね。そんなことはないわ。あなたは、まだ歩き始めたばかりだわ。わたしはいつもあなたと一緒にいるわ』

 「ありがとう、エールーエン。

 また、先輩と三つどもえでも、いいかな」

 『あの先輩は、あなたにとってかけがえのない存在よ。大切にしてね。

 気づきの先は、目覚め。それを忘れないでね。それを、希望と言ってもいいかもしれないわ。でも、希望ということばでいうと、せっかくのあなたの、"空洞"が、また空洞でなくなってしまうかもしれないわね。あなたは、わたしと対話する。とりあえずは、それで充分よ。よくここまでやってきたわね』

 「ありがとう、エールーエン。あまりムリをしないでやっていく、というのが大切なんだね」

 『よく分かっているわね。それでいいわ』

 「でも、エールーエンが焦っている様な気がして」

 『そうね。あなたの星のことは、確かに焦っているわ。でも、あなたは、あなたのペースを生きることが大切よ。そのことは忘れないでね』

 「ありがとう。またあとでね」

 『お茶でも飲みながら話しましょうね。こころの余裕は大切なことよ』


   2010年の冬の日記より
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by bwv1001 | 2011-10-09 23:17

三日酔い

 第九が終わって、徹夜で呑んでしまった。日記の更新もサボった。

 もうちょっとレガートで歌いたかった、とか、やり残したことはあるが、この物凄くハードなスケジュールを、みんなよく乗り切ったと思う。

 いちばんきつかったのは、日程のことより、五回もある第九で、三人の指揮者、三つのオーケストラのために、違う様式の第九を演奏しなければならなかったことだ。それも、一月のあいだに。

 年間の活動としても、きつかった。4月にモーツァルトのレクイエム。秋にはヴァーグナー選集、女性に至っては、ノクチュルヌまであった。そして、暮れに五つの第九である。

 尋常ではないスケジュールであったが、何とか乗り切った。

 第九は、やはり、最後が先生の第九であったことに救いがあった。

 乗り切れたのは、周りの方々のおかげである。感謝。

 今回は、エールーエンが聴いてくれていた、というのが、面白かった。彼女の感想は、また書きたい。


   2010年の冬の日記から
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by bwv1001 | 2011-10-08 23:16
 第九のオケ合わせ。そして、火曜は本番。とうとう、今月最後の第九の「自分たちの本番」である。やっとここまできた。

 さっき、この一月半ほどの日記を振り返っていたのだが、自分で読んでも凄すぎて、あきれかえっている。

 自分の一生も振り返るが、こうなってみると、「意味のないことは、何もナイ」という怖ろしい結論になるのである。この一月半の準備、そして、これからの出発のために、今はある、としか考えられない。

 何となく思うのは、役者さんとか、作家さんとか、年齢がいってからでないと、開花しない人たちという場合がある。オレは、開花とはまた別だと思うが、「納得してしまった」のである。

 よく、いままで死ななかったとも思うが、どうも、お役目というのが自分にはある様である。(エールーエンは、そう言っている。)

 自分のすべてを受け入れるだけではなく、その意味に、気づく、という作業が続くと思うのだが、それが、ただ、自己救済ではない、ということを知らされてしまった。

 オレは淡々と過ごしていくけど、もう、あとの流れというものは、「おまかせ」という感じである。何がきても、淡々と、自分の、いま、ここ、を生きることで、お役目を果たす、ということなのだと思う。(そうだそうである。)


 全然関係ないかもしれないけど、いま、88.10.11というのを観ていたところである。近鉄対ロッテの伝説のダブルヘッダーである。個人的には、そのダブルヘッダーの様な、濃密な時間が、この一月半であった。たぶん、きのうをもって、そのお役目が始まった、と言っていい。きょうも、その様なことがあった。あるいは、新しく、幾つかの驚くべきデーターが提供された。

 もう、オレに役目が回ってきた、というのは、受け入れざるを得ない。淡々と日々を過ごしていくことで、その役目を果たしたいと思う。


   2010年の冬の日記より
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by bwv1001 | 2011-10-07 23:09