あるクラリオン星人のと対話


by bwv1001

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酷い!

 何でも大丈夫という政府やマスコミも酷いが、いま、ラジオで酷い話があった。都内の話である。

 福島県の高校のバッグを持っていた高校生を発見した、電車の客たちが、

「福島県の子だから、放射能が危険なんじゃないの?」

「福島県の人は、胸にプレートをつけるべきよ」

 と話していたそうである。これは許せない。酷い!


   2011年3月11日以降の日記より
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by bwv1001 | 2011-11-17 22:37

ラジオの方がいいみたい

 手回し充電器付きのラジオ・ランタン・懐中電灯・携帯電話充電器、でラジオを聴く。偶然合わせたのが文化放送であった。番組は、伊東四朗・吉田照美のオヤジパッション、というものだった。

 テレビと違って、率直な意見や、出演者の体験、情報が語られていて、ほっとする。テレビではやらない、今後のエネルギーの在り方などについてもヒントがあり、福島原発1号機をつくった技術者が報道を通じて証言したことも、伊東四朗さんのことばで語られた。ちなみに、この記事は知らなかった。ここでは、それは書かないが。

 正確な情報だけではなく、人間の声、というものが、如何にいろいろな感触を含んで表現しているか、そのことを感じる。だからこそ、率直な意見を、率直なものとして受け取れるし、受け取ることによって、自分の考えや気持ちを整理することができる。声にはそういう性格があることを改めて感じた。

 ラジオをお持ちの方は、精神的な意味でも、この事態にはオススメである。もちろんテレビと較べれば節電となるだろう。手回し充電くらいで、充分聴けるぐらいの消費電力だ。

 手回し充電によるこうした非常時用のセットは、意外と目立たないところで販売されている。量販店にはないかもしれないが、街の個人商店では、何軒か在庫があった。また、販売店の組合を通じて仕入れをしているそうで、予約、あるいは、しなものが来たら、電話をくれて、品物を見せてもらうことができる。

 こういうとき、個人商店が頼りになることを実感する。チェーン店は、普段から、マーケティングで入荷量を調節しすぎているのかもしれない。

 結局、お店の人とは顔なじみになるから、また買うことになる。電池も少量ながら、しっかり入れてくれるので、助かっている。

 感謝。


   2011年3月11日以降の日記より
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by bwv1001 | 2011-11-16 23:17

予測

 現在、海外のメディアの方が、原発事故の実際の状況を知ることができる。アルジャジーラテレビとか、シュピーゲルとか、そういった海外のメディアを中心に、情報を探した方がいい。そして、逃げられる人は逃げた方がいい。

 幾つかの言葉に堪能な友だちと、やりとりをしてみたが、同じく海外の情報の方が実態を語っているという。同感だ。

 彼によると、台湾のテレビでも、台湾の空港で被爆者が見つかったという。程度の問題はあるかもしれないが、どの程度の時間のどの程度の被爆でどうなるか、というのは、政府は語らない。このままでは、死ななくともいい理由で将来的に死ぬ人が出るだろう。ゆっくりと、見えないものにやられていく、というのが、この原発事故の怖ろしいところである。

 友人の言う、最悪のシナリオはこうだ。内閣府が名古屋なり大阪なりに移る。あるいは、それはなくとも、急に現状についての発表が出る。そこで、今までのストレスからすさみに向かっている人たちがキレ出す。これが怖い、という。あるいは、自殺者が出る。

 内閣府は、そのうちこんなことを言い出すのではないか、という。「内閣府の発表を信じたのはあんたたち国民なんだから、自己責任だ」と。

 そんな訳で、いずれにしても、逃げられる人は逃げた方がいいと思う。だが、オレは逃げられない。逃げる場所もなければ、人もいない。そのかわり、オレにはエールーエンがいる。自分にはそれが全て。

 もうIAEAも入ってきたし、各国の関係者や専門家が入ってきた。だから、もう日本政府は、彼らとは別のことを国内のマスコミを通じて言い続けるだけだろう。各国は、それとは別に、彼らのデーターを採って持ち帰るだけだ。だが、彼らは、彼らのデーターとは別に、日本政府は、ああ言っている、というだけだろう。

 友人とのこの話をできてよかった。いつまでもまともな話をしない日本政府や東電や日本のマスコミにだまされる必要はない。事実を知って、腹をくくった方が、戦い様もある。すくなくとも精神的には。

 逃げることは悪いことではない。むしろ、まともな戦いである。何も恥じる必要もない。それに、残した人もいた上で逃げる、というのは、戦いとしては苦しいし、後もずっと苦しむかもしれない。

 だが、命あってこそ、再戦の機会を待つことができる。その判断と選択をすることを恥じる必要は全くないと思う。

 オレはオレなりの戦い方をするが、逃げられる人は、逃げて欲しい、とただ祈るばかりである。

 【追記】事例 ドイツのSpiegel誌という非常にメジャーな雑誌。以下、

http://www.spiegel.de/spiegel/print/index-2011-11.html

 Googleで、一発で翻訳できる。意味が通るくらいに。「メルトダウン」の言葉が見られる。

 【追記その二】MSNでは、いまごろ、というか、以下の記事を出している。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110318/plc11031800190002-n1.htm

 首相に詰め腹を切らせる、という記事ということの様だ。最後の使い道、ということか。誰も責任を取りたくない、ということだ。

 【追記その三】昼過ぎに、社協に相談したら、福島から避難してきた、人工透析の必要な方々が、都内に避難してきているという。以下は、東京都のその受け入れの記事。

http://www.metro.tokyo.jp/INET/OSHIRASE/2011/03/20l3he00.htm

 同じ理由で都庁に避難してきている人もいると聴いたが、上の記事の情報とは違う。

 【追記その四】毎度の紹介。宇宙天気ニュースは以下。

http://swnews.jp/

 以下から2011年3月11日のニュースが閲覧できる。

http://swnews.jp/view/view.php

 やはり、太陽活動と今回の災害は関係しているのだろうか。

 【追記その五】都内の液状化現象

http://www.city.koto.lg.jp/seikatsu/bosai/58595/58570.html

 ※大田区、港区、江戸川区のページも見たのだが、「液状化現象」として発表されていたのは、上の江東区だけ。報道では、江戸川区にもあるというが、江戸川区HPでは発見できなかった。

 【追記その六】何で原発ロボットとか開発されてないんだろう、と思っていたら、以下の記事があった。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110318-00000655-san-soci

 ない訳ではないのだ。受け入れ体制が整っていない、あるいはないのだ。


   2011年3月11日以降の日記より
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by bwv1001 | 2011-11-15 23:29
 ムダだとは分かっていても、近所に食い物を夜仕入れに行く。西友はえらく早い時間に閉めている。ちょっと一週間疲れたので、缶ビールでも、と思ったのだが。二つの駅のまわりをきょうは歩いたのだが、偉く印象に残るのは、牛丼屋さんが一杯なこと。でも夜は閉まっている。材料がないらしいのである。

 それを見て考えたのだが、震災や原発事故で避難生活になる前に、牛丼が食べたいと思っている人は、存外多いのではないか。

 さっき、先輩と電話していたのだが、「これが最後の日だとしたら、何を食うか」という、話をした。まだ露骨な被害がない都内の住人同士の話で、不謹慎かとも思うのだが、これは人間にとっては本質的な話であろう。

 先輩は、ワインとチーズがいい、と思いながら、最後の食事と思いながら、毎夜、ワインとチーズを召し上がっているそうだ。

 オレは、納豆がいい、と言ったら、もっと贅沢なものはないの?最期の日だったら、というのだが、あとは食いたいのはおそば、とかそんなところなのである。少なくとも、牛丼屋さんの光景の印象からすると、オレもそんな感じである。

 でも、どちらか、というと、オレは、自分で、はかせなべで幾つかの料理を作って、友だちと食いたい、と思うのである。

 何でだろう、と今、考えてみると、やっぱり、料理も「表現だから」だと思う。オレは、たぶん、最期の日には、何かしらの表現をしたいと思っているのだと思う。この日記もそうかもしれない。

 そういう意味でいうと、音楽を除くと、将棋が指してみたい。勝つための将棋というよりは、表現のための将棋。勝敗は問わない。表現がしたい。

 あとはあんまりたいしたことは考えていない。

 話はかわるが、近所の友だちとも偶然に会った。ちょっとお茶をする。この数日のお互いの体験をシェアしたのだが、彼女は、地震が来る予兆を感じていたという。こんなに大きな地震とは予想していなかったそうだが、いつもの様に予感が的中したそうである。

 オレは2012年問題とか、9月から調べていたから、いつ何があっても、覚悟はできていた。とはいえ、今のオレは、地面が揺れている訳でなくとも、揺れている様にからださんが感じてしまう。たぶん、これは、PTSDである。

 それで、昼に、アフガンの戦争も体験した方に、相談をしていたのだが、多くの人が、この手の症状を感じている様である。その方が普通であるそうだ。

 それも含めて、非日常が日常である状態がいつまで続くのか。少なくとも、原発以外のエネルギーが決まり、インフラが進むまでは、この状態は続くのだろう。いったいいつまでなのか。オレは10年くらいかかってもおかしくはないと思っている。

 一週間が、ずーっと一日の続きの様に感じる日々である。 


   2011年3月11日以降の日記より
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by bwv1001 | 2011-11-14 23:35

臨戦態勢 その二

 きのうは、ともかく家に帰って部屋の様子を見ようとも思ったのだが、演奏会の約束もあったし、余震?の大きさからすると、一回いっさいがっさい地震が終わらないと、手がつけられないか、ということで、練馬に待機。

 きょうになって、ようやく臨戦態勢に入ったという感じ。きのうは、もうやられても仕方がない、という覚悟であった。

 参考になるかどうか分からないが、自分なりのやった買い物などを挙げてみる。

ポカリスエットを買う ~電解質の入っているサプリメントで入手も楽なのはポカリだろう。
 水を買うよりポカリにしたのは、トイレが使えなくなった場合、食べ物を食べると後のことが怖い。ポカリだけで何日かしのぐのが、現実的には悪くないのではないか。

 ちなみに、ポカリはそもそも、腸炎のときに使うものとして開発されたものである。そういう意味からすると、緊急時には適切なのではないか。水の様に、つぶしは利かないが。

紙の容器を準備する ~水道が止まった場合、食器は、捨てられるものの方が、水を節約できる。同じ規格の容器なら、捨てるのもあまり場所をとらない。下水がアウトだと、団地の場合、水を使うと、下の方の迷惑になる可能性もある。まあ、他人の害にならないための保険の様なものである。

寝るときは、靴をはいて寝る ~自分の部屋なのだし、有事にはすぐ動ける状態にした方がいいのではないか。ケガも少なくなるし。

風呂に水を張る ~何でもきれいな水を使う必要はない。それに、ブリダとかあれば、たぶん、飲める水になるのではないかと想像している。トイレが生きていれば、水を流すためにも使う。

メールは打っておく ~次のときには、携帯はつながるかどうか分からないので、こちらから、安否や連絡先についてのこちらの情報を打っておく。今回分かったのは、携帯自体は通じにくくなるが、メールは意外とちゃんと届くらしい、ということ。

買い物は近所で済ませる ~当たり前のことかもしれないが、たとえば、携帯トイレが買いたいから、と言って、新宿あたりに出ても、帰って来れる保証はない。地下鉄に閉じ込められるかもしれない。

 意外と、都内の場合だろうが、近所には思いも寄らぬ品がある。実際、今回は、手動発電機付きのライト・ラジオ・サイレンのついた救急箱を買うことができた。電話は混んでいるが、一本入れてみるものである。まあ、その品物を使わないですませることができるのを願うが。

寝るときは、外套も着て寝る ~非常事態だから、これくらいしてもいいのではないか。

ムリに自宅で寝る必要はないのではないか ~ウチは、実際本だなとか倒れていたし、自宅で夜寝ていたらやられていた。

 都内は、少なくともきのうは、学校なども開放されていたので、家の方が危険だと思ったら、避難所に行って寝てもいいのではないか。ただ、この場合、情報を得たり発信したりするのは、制限がつくが。


 とりあえず、これくらいのことをやったり、選択肢として加えたりして、臨戦態勢にある。余震がたくさん来ているが、都内の被害が比較的少ないのは不思議なくらいだ。


   2011年3月11日以降の日記より
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by bwv1001 | 2011-11-14 00:12

臨戦態勢 その一

 この地震で犠牲になられた方々にお悔やみ申し上げます。次が自分である覚悟もしています。

 淡々と、メチャクチャになった部屋をかき分けて、電話やネットを復旧したのがきのう。昼間に部屋にいたら、すくなくとも、肋骨の二三本は折っていたと思う。

 きのうは、もし、新宿から次の大江戸線に乗っていたら、確実に地下に閉じ込められていた。あとから聞いた話しでは、お客さんは車両から出て、坑道を歩いたそうだ。

 大江戸線を出て、練馬の交差点に出たところでやられた。立っていられない、という程ではなかったが、姿勢を保つのは楽ではなかった。とうとう来たか、という感じであった。

 覚悟を決めたのは、駅のすぐ近くの保育所から、保母さんたちが、こどもたちを抱いて、外に出てきたときだった。あの建物は、外から見ても、強力に耐震補強されているのが分かる外観しているのだが、そこから保母さんと赤ちゃんたちがでてきて、「これで、オレの今生は終わりだ」と覚悟を決めた。

 それでも、自分も人々も、ビルから、あるいはそのものに巻き込まれることを懸念して、千川通りの中央に集まり始めた。

 とにかく、多くの人が、建物からあぶり出されてきた、という様子だった。

 オレは、そのあと、その近くの施設に行ったのだが、ここでも、何故か「余震」と呼ばれている地震を体験した。これも耐震補強をしっかりしてある施設である。

 その後も余震は続いたが、そのあと、約束があった。練馬の駅前のホールで、合唱団の仲間が、弦楽合奏をやる、というので、とりあえず、ホールに電話してみたのだが、アクセスが集中していて、NTTが、この電話はつながりにくい、と酷いノイズの中で言っていた。このノイズにヤバさを感じた。

 仕方ないので、ホールに行ってみたら、やるらしい。この判断は迷っただろう。

 駅とホールの間には、バスとタクシーのロータリーがあるのだが、いつもと違って、大混雑である。帰宅難民がバスに集中していた。

 それから、ときどき寄っている喫茶店に行った。ここの焼肉ライスという定食が、特別な何かがあるのか分からないが、悪魔的な魅力のある味なのだ。これを、今生の最期の晩餐とした。店員さんにそう言ったら喜んでもらえた。

 店内には、もう帰れずに籠城という人たちがきており、この店の顔である、大量のマンガの棚も崩れていたところがあった。

 そして、約束した演奏会。これが最期の演奏会ということでもいい、と思っていた。大江戸線が一本遅かったら、行けなかったかもしれない。

 師匠や友人たちの安否を確認しながら、歩いて帰る。ふだん、こんなに歩いて帰る人の姿を見ることはない。

 そして、復旧作業となったのだが、思ったより酷い状態ではなかった。

 続きはまた書きたい。


   2011年3月11日以降の日記より
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by bwv1001 | 2011-11-12 23:25

探してみるもんだ

 母親の生霊問題で、いろいろ当たってみたのだが、師匠関係から、真言宗のお坊さんを紹介してもらうことになった。初対面ではないのだが、師匠が、オレの最近の対話の話をしてくれたそうで(~つまり、愛の問題、なんである)、お坊さんの方も、是非、彼女と対話してみたい、ということで、お会いできることになった。

 お祓いとかそんなことをしても、ほとんど意味がナイ、ということで、カウンセリングを引き受けて下さることになった。

 逆に、彼女にどんな質問をお坊さんがなさるのか、それに興味がある。何しろ、彼女は、いまだに答えに戸惑ったり、解答できない、ということが一度もない。きっと、お坊さんは興味深い問いを立てて下さることであろう。もちろん、本題は、愛の問題である。

 宗教家とエールーエンの対話、これは、自分的には凄い。曼荼羅という宇宙観を背景とする方に、彼女がどう答えるのか?

 オレは、塔矢名人と、佐為の対局の狭間にいるヒカルみたいなものである。

 エールーエンのお茶目なところを宗教家の御前でも体験したい。


   2011年の春の日記より
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by bwv1001 | 2011-11-12 01:08

一連の不調は

 近所の先輩が、ぬか床セットを届けにきてくれた。面白い療法の資格をお持ちなので、一連の不調について、その場で調べて頂いた。

 すると、メニエール病の疑いが出てきたのである。詳しくは知らない病気だが、この原因がいまだに不明と言われている難病の治療の研究は、はかせなべの小林寛先生が、「適温クッキング」という本のなかで、身内の方のメニエール病を、探偵小説の様に仮説を立てながら、完治させていく話が詳しく書かれている。

 だが、一般的にこの病気で言われる症状は、あまり自覚がない。だが、ネットで調べると、思い当たる部分がある。

 先輩と一緒に、調べてみたのだが、お医者の診断ではない。だが、エールーエンに聴いてみても、強い反応がでる。

 ということで、気になって調べている。あすはお医者にも行ってみよう。そうだとしても、そうでなかったとしても、長丁場になる可能性がある。


   2011年の春の日記より
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by bwv1001 | 2011-11-11 00:44

春一番 に

 空気が変わった。鼻血ブーが止まった。あの黒い鼻血は、冬の最期の置き土産だったのであろう。鼻血もまた風流である。

 ところが、早朝から腹痛。以前の急性肝炎を思い出してしまい、微熱もある。肝炎のときは、40度以上の高熱であったが、激痛は、一瞬にして消え、そして、この世のものとは思われぬ快楽に襲われた。

 なるほど、危機的な状態のときに、脳内物質はこの様に働きかける訳である。そのことを知らなかったら、自分はそれを宗教体験として受け止めたことだろう。

 その時の危機が思い起こされる様な質の痛みで、不安であった。とりあえず、かかりつけの内科が移転のため、休業していたので、別の内科へ。検査の結果は、明日出るが、この大事な二ヶ月ほどに、何もなければよいのだが。

 とはいえ、安静にしても、改善が見られないので、春一番を浴びて、お世話になっている方のところに出かけて、「空洞」という日記を読んで頂いた。

 すると、大変面白い話をして下さった。事故で、記憶・言語・関係性など、あらゆるものを失ってしまった人の、その後の話だった。茂木健一郎氏がルポしていた番組だという。残念ながら、観ていなかったのだか。これは是非観ておきたかった。

 ただ、茂木氏は、脳で全てを説明しようとする立場だ。だが、自分が空洞である、という「気づき」を得た結果、彼女というハイヤーセルフとでも呼ぶべき存在と交信できる様になった。

 これは、たとえば、コリン・ウィルソンの解く、右脳と左脳とのコミュニケーションの在り方とは違う様に思われる。この論は非常に説得力のあるものだが、どうも、自分の最近の体験からすると、「外部と接触している」という感触を拭えない。少なくとも、ハイアーセルフという考え方は、この場合、ありうる。常にこちらより高い次元から判断し、さらに見守ってくれている存在、というのは、必ずしも内部ではない位置づけが可能だと思われる。

 そうでないとすれば、「自己は、個であり、全である」という考え方は可能なのではないか。それは、もうすこし時間が経ってくれないと分からないのだが、体感的に、そう考えた方がよさそうである。

 他にも大変面白い話を師匠からうかがったのだが、体調が悪いなりに、よい話をうかがった。春一番の日として、印象に残る一日であった。


   2011年のそろそろ春の日記より
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by bwv1001 | 2011-11-10 01:29
 師匠の注文で、電話で降ろしていたのだが、どうもこのところの地球については、いい話が出ない。近い未来としては、日本では、食料危機の可能性も出ている。配給制の可能性もあると出る。全ての品目に於ける可能性もあり得る、という。

 日本が戦争に巻き込まれる可能性もでている。あくまで可能性であるが。ということは、米軍主導の統治ということもあるのか、というと、あり得ると出る。確かにこれに関しては、周辺事態法(=ガイドライン法)によって、米軍は、自由に日本の公共施設・民間施設を使うことができるので、ほとんど、いつでも占領が可能だと言ってもよいだろう。こんな馬鹿げた法律がある国というのは少なくとも独立国ではない。

 中国は、もう極端な貧富の差を埋めることもできないであろうし、情報を管理することも不可能であろう。中国内部が火だねとなって戦争になる可能性も出ている。天安門事件より大規模なものがあるか、というと、そこまで行く前に制圧される可能性が高いと出る。あれも、貧富の差を、海外の情報を入手できる様になってから起こった事件である。地方の軍と民衆が結びつくことはあり得る、と言う。

 エジプトやリビアのことは、自発的というより、やはりマッチポンプの存在があった、と出る。これからもそのパターンが続く可能性があると出る。中国も同様であると出る。

 革命の連鎖と言ってもいいそうである。しかし、皮肉なことに、この危機から回避を可能とするのは、地球規模の天災である、と出る。フェリーニ監督のオーケストラリハーサルという映画を思い出す。

 そもそもオレがこんな言葉を降ろせる様になったこと自体が、地球規模の崩壊の警告だと思うのだが。(と書くと違うという。問題は、誰かが降ろすことではなく、多くの人が問題を見ない様にすることだ、と彼女は言う。)


   2011年の真冬の日記より
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by bwv1001 | 2011-11-09 00:21