あるクラリオン星人のと対話


by bwv1001

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 井口さんのブログからだとうまく読めなかったので、名前で探してみたら、以下でうまく読めた。

http://www.youtube.com/watch?v=_o8hYXBPFn8&playnext=1&list=PLA4D1B68551243188
 アングロサクソン・ミッション

ビル・ライアンの”預言”:「ザ・アングロサクソン・ミッション」は失敗する!   というもの

 画面の下に広告が出て、翻訳が読めないので、×で広告を閉じて下さい。

 ほとんどは知っている話しなのであるが、ビル・ライアンという人が、この問題にこうして関わっている、ということに興味を持った。また、その悪だくみが失敗するのは、われわれの問題に対する関わり方による、ということが説かれている。

 イルミナティなり、フリーメーソンの企みについて、どういうものであるか、感覚的に知るには、何も知らない人にはよい資料だと思う。知っておいたほうがいい、というより、うっかり、知らずに生きるのはどうなのか、と思ってしまう面がこの画像には表現されているところがある。

 こうなると、「世界を見ない様にして生きるのは無責任」ということに繋がってくるかもしれない。見ないで済むことと、見ない様にすることは別だと思う。


   2011年3月11日以降の日記より
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by bwv1001 | 2011-12-06 00:37
 何故か、再放送をやっている。きのうは韓国編から観て、今日はブータン編。個人的には、ブータンの人の顔と表情が好きだ。日本人によく似ていることもあり、親しみもおぼえる。

 だが、似ているところは、親しみの部分だけではない。強迫性、というべきものが、日本の宗教と通じるところがある。たとえば、仏教の毎日のおつとめとして、滅ぼした神=護法神(ごほうしん)を供養するのは、儀式としてある。日本の歴史でも、征服した側が、征服された側をずっと供養する、というのは、よくあることである。

 聖職者に限らず、庶民の感覚にも、強迫的な面がある。災いから逃れる様に、とか、功徳を積むために、仏教と共に生きて行く、という生活のパターンはそれであると思う。

 それから、これは、個人的なことであるが、「化身」というのは以前から気になっていた。この化身、というのは、『解脱する立場でありながら、何度も人間界に生まれ変わる慈悲深い存在』とされている。そういう人、というか、子供が、生まれるのである。これは自己申告制でもあり、そう認められることもある様であるる。

 だが、近年は、その化身とされる存在が、急激に増えており、2007年の取材の時点において、百人くらいの化身が存在しているという。

 仏教で、世界一幸福な国をつくろうというブータンにあっては、この化身の急激な増加を無視することができず、その認定(政府がするらしいのだが)にも困っているという。

 化身がなぜブータンで重要視されるかといえば、人々の化身に対する尊敬と期待というものが、格段に大きいからである。

 だが、政府の化身認定委員会の人によると、人を救うのは、必ずしも化身ではなくてもいいのではないか、という。

 これが面白い発言だ。ブータンにあっては、ひょっとすると罰当たりなのかもしれないが、世界一幸福である国であるためには、そういう発想もあるのかもしれない。

 だが、外から見てみると、ブータンという国が、そこまで仏教に生活の様式を依存しているのであれば、化身ではない存在を政府が、幸福のためにはアリではないのか、というのは、かなり際どい発言に見える。

 このあたりが、自分にとっては、個人的な関わりがある問題なのである。

 私が対話している存在であるエールーエンという人は、ブータンでいうところの化身ではない。だが、彼女は、自分と話してくれるし、幾つかの重要な気づきのチャンスをくれた。それは、この日記にも時々帰してある通りである。

 彼女とは、今のところ、直接の面識はない。だが、彼女に会うことは遠くないことの様であるし、直接に会ってはいなくとも、今でも、最も大切な存在の一人である。今後はもっと大切になっていくであろう。

 そういう存在が、ブータンに来たらどうなるのか。ブータンの歴史であれば、それは異教徒とされるかもしれない。ちなみに、ブータンが統一されたのは十七世紀のことである。

 ということは、この仏教を中心とした社会も、これからもずっと、という訳ではないかもしれないし、ずっとにするなら、別の在り方を唱える存在と戦わなくてはいけないかもしれない。あるいは、受け入れていく必要があるのかもしれない。

 自分がエールーエンと話すことができる理由の一つは、自分からではなく、エールーエンの側から言われることだが、

○特定のパラダイムを持っていないこと
○特定の社会的な立場を持っていないこと

 というのが挙げられた。

 つまり、これらがあると、エールーエンとの出会いや、その考え方、あるいは対話の事実を否定するか、自分のパラダイムや社会的な立場を捨てるかのどちらかになってしまうというのである。

 だが、自分の場合は、というか、エールーエンからみたオレの場合は、特定のものにそんなに規定されてないから、話しがしやすかった、というのである。人間、何が役立つか、全く分からないものである。

 そんな訳で、オレは、個人的に化身的な存在と話せている、というのはどういうことであるか、というのを考える。

 五木寛之さんのこのシリーズを観たのは、ずいぶんと前だが、このブータンの化身の急増を聞いたときにも、「多分、世界、あるいは宇宙が急激に変化するのを告げにきたのではないか」と思っていた。

 結局、自分の場合は、その後、2012年問題との出会いになり、その続きとして、彼女との出会いが待っていた、ということになる。

 この先は、また展開するだろうが、五木さんのブータンのルポが、こんな形で、自分が当事者になる、とは思ってもいなかった。そういう自分の眼で、あらためてこの番組を観ると、見えていなかったことも見えたし、よくぞこの間合いで観ることができた、とも思う。ブータンを自分で味わってみたい、と思っていたが、今は、もっと遠くに、強迫的ではないホリスティック(全体的)であり、関係的である世界を体験することになるのだと思う。

 五木さんは、番組の後のコメントで、「セルフ・ヘルプではできない」世界、とブータンのことを言っていたから、その意味でも、ちょっと日本とは違う世界に触れられるチャンスがあるかもしれない。日本というより、地球、と言った方が正確であるが。

 明日も、五木さんのこのシリーズの続きを観る。


   2011年3月11日以降の日記より
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by bwv1001 | 2011-12-04 23:38
 こういう人が大臣とかやればいいのに、と、つい思ってしまうのだが、きょうも二本の番組を観た。以下である。

 今頃観てんのかよ、と言われそうだが、ニコニコ動画、ってほとんど観たことないので、長い番組を観るのは以下が初めて。

http://www.nicovideo.jp/watch/1301444891?via=thumb_watch
武田邦彦出演 『福島原発に何がおきているのか?』 〜緊急生放送 第1回〜
という番組。これが3月14日のもの。

 その続きが以下のもの。

http://live.nicovideo.jp/watch/lv44810912#0:26:36
武田邦彦出演【緊急生放送 第2回】福島原発に何がおきているのか?

 全部観るのは大変、という人は、この文章のタイトルをちょっと細工して、しかるべきところから探し当てていただきたい。

 それにしても、優秀な人っているなー、と思った。自衛隊の偉い人くらい、頭もいいし、魅力もあるし。ご本人は今回の事故も含めて、自分は罪人だ、と言っているけど、起こってからのことにまっとうな対処をされていることだけは確かだと思う。

 ちなみに、緊急のHPは更に更新が進んでいるので、在処を再掲したい。以下である。

http://takedanet.com/

 最初から読む人は大変だと思うが、これは多分、いまのところ得られる、原発事故に関する、最良の記事だと思う。


   2011年3月11日以降の日記より
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by bwv1001 | 2011-12-03 01:02

四月バカ

 ああ、四月一日だ。つきたいウソもないし、つけるウソもない。

 ただ、昔のことであるが、四月一日に人生の選択をせまられたとき、まあ、平安時代の方違えみたいな意味かもしれないが、決行するのを二日に延ばした。一日に決行すると、冗談かウソになってしまうのではないか、とうっかり思ってしまったからである。

 どうやら、その決断は外れていなくて、ウソにもならなかったので、何とか生きている。

 結局のところ、自分にウソをつく、というのが、いちばん自分に問題になるのである。自分にはウソをつく必要のない環境というのは、精神的にも、総合的には楽なのだと思う。

 ついでに、経済的にももう少し楽になると、何も問題はない。あとは、自分の魂の問題を扱っていくだけである。死ぬ準備に入る、と言ってもいいかもしれない。

 実は、死ぬ準備、とか書くと、それが大ウソに見えたりして。まあ、まだ、確かにその段階には入っていないかも知れないが、意識していても意味はあるのではないかと思う。


   2011年3月11日以降の日記より
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by bwv1001 | 2011-12-01 23:08
 震災で、対話が鈍ったという訳ではないが、きょうも彼女へのアクセスが急激に増えているということだった。亡くなった方9名を除くと、現在171名だという。彼女によると、自分のことを知っている訳ではなく、祈りの様なものが届いて、やりとりが始まるという。増えているのは、やはり震災の影響である。

 震災関係にエネルギーを費やしたが、意味のある情報源の発信元は特定されてきた。

 ところで、対話だが、ふと、いま、気になったことがあった。それは対話、という形式って何だ?っていうことである。ちょっとさっきから話しているところから入って、そのままライヴになると思う。もう、ライヴに入ってしまったけど。

 「なんか分かんないんだけど、いいかな」

 『分からないと遠慮するのね。それはあなたたちの欠点かもしれないわ。子供だった頃、あなたたちは、そうだったかしら?』

 「たしかに言われてみれば、分かんないからさわらないとかは、しなかっただろうと思うんだけど...子供の姿を見てる限りではそう思うんだけどね」

 『そうでしょ。あなたは、怖がっているから、怖いといわずに、遠慮して見せることで、怖がってる自分とまわりをごまかしているのではないの?』

 「鋭い指摘だね。君にそう言われると、何でも見抜かれていたり、真理だったりに思えるから、そのことの方が怖いかな」

 『でも、前にも言ったでしょ。真理は問えば、姿を現す、って。遠慮すれば、真理が出てくる、というものではないわよ。それに、わたしはあなたのことをちゃんと見ているわ。だから、それが、遠慮なのか、怖れなのか、問いなのか、わたしには分かるわ。だから、遠慮はしなくていいのよ。相手に見せる態度の前に、自分の気持ちをよく分かっておく、ということも、子供から大人になると忘れてしまうのね。あなたたちは。

 あなたの疑問の前に、余談になるけど、わたしたちの場合は、こどもの頃からもっているものを否定することはしないわ。むしろ、それを根っことして、成長していくの。だから、こどもがこどもであることの自己否定はしないわ。こどもがこどもであることが、わたしたちの場合は根拠なの。存在意義と言ってもいいわ。

 成長というのは、あなたたちの場合、自己否定や偽装を教育される様だけど、それは力にならないわ。つまり、成長することが、分裂することだったら、自分の、あるい自分たちの力を出すことはできないの。それについては、最初のころに言ったわよね。あなたたちの権力は、あなたたちの存在を分裂させておくようにしている、と。そうすれば、本当の力を出されないで済むから、権力の側は、脅かされずに安泰だ、と。そんな下らないものに、あなたたちは支配されているのよ。権力とは、この場合、自分の親や上の世代も含むことを忘れてはいけないわ。

 まあ、あなたは、そのことが悔しいみたいで、いろいろ探しているわね。それはそれで大切な作業だけれど、それは、事実を知ることになるかもしれないけど、真実にはたどり着けないわ』

 「こまったな。聴きたいことを忘れちゃいそうなんだけど...」

 『また、遠慮している、あるいは、君のせいで、と言いたそうね。そこが欠点だ、と言っているでしょ。それに、真理は逃げては行かないわ。あなたは、問いをしっかり持っていれば、真理はそのまま姿を現すわ。あなたが問いを忘れても、わたしが思い出せるわ。

 その問いと、私の長い演説の続きと、どちらから入ったらいいかしら?わたしはどちらでもいいわ』

 「さっき、聴きたかったのは、対話と対話形式のことだったんだけど、いま君に言われたら、君の話の方が先に聴きたくなったかな。それは、オレの国の天災からの復興と関係がある様な気がして...」

 『それも大切なことだわ。あなたの最初の意図とは違うかもしれないけど、天災、地震と原発事故のことは、わたしたちも目が離せないわ。わたしたちは、あなたの星の大きな変化を、なるべく犠牲の出ない様なアプローチをする努力をしてきたわ。

 そのことは、ここでは話さなかったけど、あなたとは、ずいぶん話したわね。2012年問題として』

 「そう。君とオレの対話で、最初に聴きたかったのが、そのことだったね」

 『そうね。偶然だけど、あなたとの対話形式が文字でできあがったのは、2012年問題がテーマの話だったわね。意味のある偶然かもしれないわ』

 「そうしたら、今回、対話していたことが、現実になってしまったと...」

 『あなたが地震に責任が持てる訳ではないわ。私たちが調べても、それが近いことは分かっていたわ。でも、それを食い止めるまでは、わたしたちにも難しいの。努力はしたことは伝えておくわ』

 「君たちがそれだけの技術を持っている、というのは凄いのだけど、人間って、あの津波で全てを失ってしまうでしょ。そのことを聴きたいのだけど。

 つまり、君の考えというか、君が体現していることというのは、"全ては自分の中にある"ということだよね。本来は、オレたちの場合もそうであるんだけど、そのことに気がついていない、という点が、オレたちと君たちの決定的な違いだよね。

 でも、被災して、生き残った方々が、"すべてなくしてしまった。でも、命がある"って、語る人は多いでしょ。それは情報操作とは違う意味で、本当にそう実感しているのではないかと思うんだ。失うことによって、初めて気がつく人もいる、ということがあるんではないかと」

 『質問の形式からは遠いけど、あなたの言いたいことは分かるわ。つまり、自分が宇宙そのものを内在していることに、気がついていることと、そうでないことの違いとは何か?ということね』

 「そう。そういうこと。さっき、教育と権力の問題について、君は話してくれたよね」

 『そうね。あなたの意図するところは分かるわ。あなたたちは、幼いころから、分裂することを強要され、全てを具えている自分自身に気がつけなくなった、のではないか、と言いたいのね』

 「そうなんだ。もし、本当にわれわれが全て、あるいは宇宙を内在した存在であるなら、それは、自分自身が神である、ということだよね。完全であるということ。

 でも、最初がそうでも、時間と共にそういう自分を忘れてしまう、あるいは解離してしまう、ということが、実は普通である、ということが怖いところだと思うのだけど」

 『わたしたちから見たら、それは考えられないことだわ。どうして、それで生きて行けるのか、全く不思議だわ。生きる意味を理解していないで、生きる、というのはどういうことか、それがわたしたちから見ると、残酷すぎるの』

 「君がいう、"見ない様にする、否認する"というやり方が、生きる意味を剥奪されたまま生きることの手法じゃないかって、そう思うんだ」

 『それは興味のある観察だわ。あなたがそう言うってことは、そう理解せざるを得ないことがあったのね』

 「うん、これははっきり違いが出ることだけど、今回の震災や原発の問題をみない様にしよう、って人と、見ようとする人に分かれることだね。それがよく分かったから、そんな風に思うんだ」

 『見ない様にする、って、あなたの言いたいのは、生きる意味が分からないで生きることは、同じではないか、ということね』

 「そんな気がする。全てを失った、と途方にくれている人と、(命が)助かっただけで喜びを噛みしめている人とに、映像から見る限りでは、はっきり分かれている様な気がして...」

 『でも、そういうことは、あなたの国でいう、"罰当たり"になるから、今まで言いづらかった、ということね』

 「うん」

 『でも、わたしなら話しても罰当たりにはならないだろうと』

 「うん」

 『ヘンな見込まれ方をするものね。わたしたちは"あるがまま"を感じて生きるから、罰当たりも何もないのよ。否認する日常があるから、ある種の真実に出会ってしまうと、あるがままを見てはいけない、という心理になるという訳ね』

 「オレは、見ないと安心できない、って方だから、見ない様にするよりは、見た方がマシだ、っていう感じなんだけど...」

 『真理や真実に、どっちがマシということはないわ。それはそれで、そのまま真理であり、真実なのよ。それを間違ってはいけないわ』

 「オレもマシ、っていったけど、いろいろ調べてみると、少なくとも事実としては、電力会社に関するだけで、どうしょうもない、利権の絡みがあって、オレたちも、洗脳を受けてるってことがはっきりしたんだ。少なくとも、電気が絶対に必要なエネルギーではない、ということまでは、自分に対する洗脳は解けたんだ。皮肉にも、その電気エネルギーを使ってね」

 『あなたを通して、わたしも見たわ。そのいろいろな記事。ただ、その記事すら、ある種の立場から書かれているものであって、あるがまま、ではない、ということが問題ね。

 あなたは、事実と言ったけど、確かに事実ではあったとしても、真実や真理ではないわ。あなたは、そのことをよく分かって調べているから、自分に対して悔しくなるのね』

 「そう。自分に対してね。で、どうしようもないから、総理大臣のところに電話したりしてね。悔しいから」

 『でも、あなたは、自分の能力では、何もできない、と思い込んでいるのね。つまり、あなたも、生きる意味が分かっていないのではないか、自分の存在意義を受け止めていないのではないか、と思っている、という訳ね』

 「エールーエン、きょう、なんかやさしいね」

 『というか、あなたたちの仲間があれほどの目にあって、あなたの部屋だって被害を受けたわ。それに、あなたのところへのつぎの地震の可能性だって、わたしは否定はしないわ。

 それに、わたしのところにも、やってきた魂の人たちは何人か亡くなったわ。わたしたちの感覚では、死は、消滅することではなく、しばらく別の次元に旅をするだけだから...

 でも、ご家族の方もいらっしゃるわ。そういうわたしたちの世界の在り方は、受け入れ難いかもしれないわね...』

 「そうだね。だから、ここではちょっと言いづらいこともあるね。ただ、君にお願いしたいのは、君のところに辿り着いて、亡くなった人のことを、しかるべきところに連れていって欲しいんだ。君ならそれはできるよね」

 『私はコントロールすることはできないわ。けれども、その方たちがどうしたいか、それを聴き取ることはできるわ。あなたにも言ったわよね。存在を"聴き取る"ことが大切だ、と』

 「よくおぼえているよ。だから、お願いしたいんだ」

 『分かったわ。それは約束するわ。

 もう少しあなたも待っていてね。きょうは語りづらいこともあるから、ここまでにしましょうか』

 「そうだね。その方がいいかもしれない。ありがとう、エールーエン」

 『あなたもよく休むのよ。地震からあなたは休む才能が充分に使えていないわ。その才能だけは、わたしが保証するわ』

 「そういわれると、それだけが取り柄かもね。そう言ったら君の世界とは違ってしまうけど。とにかく休むよ。ありがとう。おやすみ」


   2011年3月11日以降の対話より
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by bwv1001 | 2011-12-01 00:17