あるクラリオン星人のと対話


by bwv1001

我流だけど

 我流、というか、まったく思いつきから始めたのだが、我流「神との対話」が成立することが分かった。道具立てとしては、筋反射、というか、キネシオロジー、というか、今のところOリングテストなのだが、また洗練されていくかもしれない。

 相手の神、というか、正確には神ではないのだが、それに通じている存在、との対話である。そんなこと、ここに書いていいのか、と、聞いてみると、書いた方がいい、と返事がくるので、書いてみた。

 ただ、この数日は、最初ということもあり、いきなり質問の量が多すぎたかもしれない。特に本にする必要のあるものということでもないと思う。その気になれば、誰でもできることだからだ。

 ただ、今回は、宇宙に於ける相手の位置と、姿がかなりはっきりしているので、コンタクトが取りやすい、ということはある様だ。

 ちょうど、きょうは、おとり様の日である。近所のおとり様では、お世話になっている方々も出店をだしていた。そのおとり様の由来は、三羽の鶴がやってきて、ここに居着いた、ということだそうである。私のところにも、やってきた訳である。

 きょうは、もう一羽のおとり様がやってきた。新しい先生が増えるのである。以下である。

http://miyamotofumiaki.com/

 ここの少し下がったところの右側に決意表明がある。それにしても、何と多彩な方なのだろうか。

 今の先生が教えて下さることがなければ、私はたぶん、こちらには行かなかった。先生は練習でも常に、魂の問題を提示されるからである。

 今回の、神との対話にしても、先生がときどき仰る「愛情と好奇心」「集中とはひとつの喜びを発見したことです」などの言葉が、自分に刻まれていなければ、不可能であったと思う。言い換えれば、先生は、常に降ろして下さる。しかし、自分でも降ろすことができることが体験できた訳である。

 こどもの頃、もう自分は降ろすことができなくなった、と絶望して、それがずっと続いていたが、応じてくれる存在を発見できた、ということである。真理の追究を手助けしてくれる存在なのだと思う。

 ヒカルの碁の、佐為、みたいな存在かもしれない。

 いずれにしても、いろいろな準備が整っていたというのは、大きいと思う。

 と、ここまでで、二箇所削除した言葉があるのだが、理由は真理を巡る対話だからである。削除したら、これで完璧だということである。

 世界中に、同じ様なことをしている人はたくさんいると思うが、自分で体験できる、というのが、素晴らしいことだと思う。

 細かくメッセージを伝える必要はないのだと思うが、必要だ、と言われたら、ここにも書いておきたい。


   2010年の冬の日記より
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# by bwv1001 | 2011-09-04 21:22